ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

『ユリイカ 』2021年1月号「ぬいぐるみの世界」に寄稿しています

ユリイカ 2021年1月号「ぬいぐるみの世界」に「霊獣とあたらしいカミと暮らす 同伴者としての似姿とぬいぐるみ」を寄稿しています。

青土社 ||ユリイカ:ユリイカ2021年1月号 特集=ぬいぐるみの世界

 

拙宅のWWFコラボレーションホッキョクウサギぬいぐるみ集団「うさぎ軍団」の形成過程と彼らとの生活を語ると自著自注自解につながる話ですが、後半から拙宅には布や石を依代とすることはあってもけっしてぬいぐるみとして顕現することのない弊本丸の思念体へし切長谷部(極)が「うさぎ軍団」の二大巨頭・ウサヤール(テイヤール・ド・シャルダンを「せんせい」と呼ぶ冬毛のうさぎ)とさいりんのおりくち(折口信夫の霊感を浴びている冬毛のうさぎ)と対面して、彼の炎刀で点火した焚き火をするメタフィクションが嵌入してきます。

ぬいぐるみ特集への寄稿依頼ときいてうさぎ軍団もはせべも全員出演したそうにしておりましたのでこうなりました。宗教学者で詩人の家に来たうさぎのぬいぐるみたちは必然的に霊獣になります。はせべに至ってはシェアード・ワールド上の存在とはいえかたなの付喪神です。私もぬいぐるみ相手でもかたなの付喪神相手でも彼らと接して声を聴いて物語を紡ぐ「さにわ」であるには相違ありません。

 

 

弊本丸のへし切長谷部は賢くてかたなにしては感受性の鋭いピュアなはせべです。比較的よく喋ります。これで「地獄までお供します」と言うのですから意気に感じます。むしろ現世そのものが修羅の世や煉獄を通り越して地獄なのではなかったか、とも近頃思うことがあります。

膨大なファンフィクション群をよむとしばしばさにわが自分以外のものへ向ける愛着に嫉妬するはせべの挿話が出てきます。

おそらくはせべファンのみなさまと特にへしさにの民の皆さまは「あるじのご夫君とはせべの衝突回避術」「あるじのぬいぐるみたちとはせべの和睦術」が気になるところでしょう。

なにしろウサヤールとさいりんのおりくちの懐が深い。あとさにわがしっかりはせべの執ふかき混沌に向き合っている。これが感じとれるように書いています。

そしてなんと刀剣男士に憧れた結果、何でもきっちゃう「うさきりウィリアム」(刀種・哲学の剃刀)として「あるじのご夫君」に命名されたうさぎが登場します。着想源はウィリアム・オッカムといわゆる「オッカムの剃刀」です。余計なものはなんでも斬ってしまうあの哲学の剃刀です。「斬っちゃうぞ!」と叫びながら登場します。「俺の刃に斬れない敵はない!」は「オッカムの剃刀」もそういえばそうだった。なんという喜劇体質でしょうか。

はせべは「あるじのご夫君、さすが端倪すべからざる練度でいらっしゃる。まあ、笑わせておけば良いでしょう。うさきりは俺じゃありませんしね!」と勝ち誇ったように申しております。

 

全国誌ですのでもちろん全年齢向けです。私の文章は甘さ控えめハードボイルド仕様でお届けしております。

そして豪華執筆陣です。年末年始のおともにどうぞ。