ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

みることはあわくさびしくあたたかい 青年団『東京ノート』(平田オリザ台本・演出、2020年2月23日ソワレ、吉祥寺シアター)

気を取り直してオリザ先生の『東京ノート』の感想を書こうと思います。
まず武蔵野文化事業団の武蔵野市民割引ありがとう…
いざ感想を書こうと思うと、手堅い!さすが!よい舞台!アフタートークも聡明無比!に収束してしまう。 すぐれたプロダクションを世に問うMUSASHINOの企画力は演劇部門では健在、どうか分かりやすさを求める市政の圧力に屈さないでほしい。

1994年の作品、翌年の岸田國士戯曲賞受賞作品。各上演時から10年から15年後の東京の美術館が舞台。欧州での戦争を避けて移送された西洋美術のマスターピースの新収蔵展が行われている。若者は「平和維持軍」に行くよう暗黙に推奨されている時代の日常がそこにある。手作り感とチープ感ある「戦争の時代の2035年の手作りポストモダン建築美術館」ふうの装置に思わずコーフン。波型に切ったベニヤ板と角材の壁面装飾、木組みをそのまま見せる階段、針金に透明トタンや和紙(?)を貼った円柱の構造、貝殻の木と貝殻モビール風の構造からなるオブジェ。手前にMUJIの無垢材+ワイヤー組み立て家具みたいな意匠のベンチ。上手の袖の奥には飲み物の自動販売機があるらしい。この「美術館」のフォワイエをちょっとよそゆきを着ていたり普段着だったりする人々がゆきかう。

小津安二郎東京物語》の本歌取り作品とのこと。4人きょうだいの上京した長女を(東京にいるきょうだいはみな忙しいので)次男の妻が美術館に案内する物語がひとつの軸になっている。美術館でのディナーに集合する4人きょうだい。複数の男女二人連れや大学生の女性の友人どうし。遺産寄付で美術館を訪れる令嬢と弁護士を迎える学芸員。彼らの会話が交錯する。
二人連れの会話にも、家族連れの会話にも、ときに戦争のかげが滲む。そしてみんなどこか思いがすれちがってとてもさびしい。引きこもり気味のもと研究者の青年など、女友達に連れられて家を出たのに、「やっぱりひとりで来たほうがよかったかも」と言われ、かつてなつかれていた家庭教師先の教え子(ちょっとファムファタル願望ふうのところもある)と出会ってかっこつかなくて所在なさそうだったりもする。

反戦運動家の学芸員は17世紀ネーデルラント美術が専門、新収蔵展のテーマのフェルメールスピノザの思想を嬉しそうに熱く語って同僚の現代美術担当の学芸員に世捨て人扱いされ、かつての若い同志と出会って故郷に帰って農業をする未来を告げられもする。
鑑賞をのびのびと自由に身内どうしでは語っていた一般の観客が専門家の前に出ると、ききたいことを思わずのみ込んで妙にぎこちない態度になってしまう。家族どうしですら文化資本の微妙な差異をみせないように気遣ってしまう。
美術館に来ても、作品を見ているはずなのに、フェルメールの光と影の話をしているはずなのに、いつのまにか日常の不安がロビーの休憩所での会話ににじみだしてしまう。この様子がたんたんと描かれて身に迫る。

顔を合わせれば不穏になりがちで、美術館のレストランでの夕食会に来てさえなんとなくぎくしゃくしてしまうきょうだいどうしの関係をなんとか回してゆこうとする大家族の長女と義妹(次男の妻。夫の心が離れつつあるのが劇中であきらかになる)のたたずまいが心に残った。「お姉さん、私たちもう会えなくなるのかしら。お姉さん、昔みたいにまた絵を描いたらいいのに。」
オリザ先生が作品の要点を語るアフタートークは聡明無比。海外公演と集大成としてのインターナショナルヴァージョンの作り方、各都市での観客の反応の相違については、市民の政治参加における議論の有効性や、戦争との距離感がもっとも大きく作用するポイントとのこと。元反戦運動家の学芸員とその同志のキャラクター設定も、共和制を支える討論と市民的連帯の風土のあるフランスでは反戦運動家が世捨て人になることが想像できないので、フランス公演では大きく変えたそう。「戦争反対」の発言も、徴兵制のある国とそうでない国ではまったくもつ意味が違ってくるとのこと。そして『東京ノート岸田戯曲賞を受賞するまでのお話も。
オリザ先生のお話では、『東京ノート』の題名の由来は「物語」以前の断片を見せることに意味があるから「ノート」に、小津安二郎の時代の地方の人にとっての「都会の文化」の象徴は百貨店と劇場、現在では美術館だから、美術館を舞台にしたとのこと。たしかに小津安二郎の俳味と短歌的抒情を現代演劇にするとこうなるのかも、という発見が。短詩型文学連作で感想を書くとよさそう。ふつうの人の至らなさを暖かく受け止めて描くことに意味がある、とのことでもあった。

いま私たちが「見る」とはどういうことなのかを否応なしに静かに問いかけるほんとうによい舞台なのでまだの人はぜひ吉祥寺シアターに『東京ノート』を見に行ってください。3月1日までです。会場物販で上演台本も販売しています。