アンソニー・グラフトン『テクストの擁護者たち』(福西亮輔訳、ヒロ・ヒライ監訳、勁草書房)刊行記念イベントに行ってきました。
ヒロ・ヒライさん、福西亮輔さん、久保田静香さんの鼎談です。
http://www.keisoshobo.co.jp/news/n12080.html
書誌はこちら。
当日の詳細はこちらのまとめをごらんください。
ヒロ・ヒライさんと赤江雄一さんがまとめてくださいました。
私もいくつか中継ツイートをしました。こちらにも私の中継ツイートをいくつか再掲します。
ー『テクストの擁護者たち』出版記念イベントに来ました。翻訳の話、グラフトンの作品世界、『古典の擁護者たち』について、人文学の危機について、質疑応答の構成です。まず翻訳と出版の経緯から。 2015-08-23 15:17:18
-5年がかりの作業。翻訳者と密に連絡をとり、ていねいに作られた本であることがうかがえます。福西さん「文章も複雑だし、最初は呆然としたことを覚えています」ヒライさん「パーティに呼んで励ますとすすむんですね」 2015-08-23 15:22:09
-3年半後に訳稿脱稿後、1年かけてヒライさんがチェック。「一行一行チェックして大変でした」福西さんは着手当時小学校教諭(現在は高校教員)。「教員の仕事は人を相手にする仕事。繁忙期もあり、1日5行でダウンの日もあったが心の避難所にもなった」 2015-08-23 15:26:45
ー福西さん「自分だったらこういう難しい書き方はしない、という文章にも、この本自体の密度の濃さに向き合わなければならない時があった。意図的に話を単純にしないようにレトリックを使っている」ヒライさん「専門家向け。グラフトン本人はレトリックを明示してくれない」 2015-08-23 15:30:06
-第二部。アンソニー・グラフトンについて。本書が三冊目の邦訳。プリンストン大学教授(歴史学)。世界的名声を『脚注』(1997)で得る。 2015-08-23 15:40:50
ーグラフトンの手法。「現代の歴史家たちが注目した研究対象は、分かりやすい結論を引き出せる数人だけ」「国民国家ごとの視点からの説明は総合的視点を引き出しにくい」したがって論争の困難な過程に注目し、総合的な視点を出そうとする。欧州と離れたところからの展望を獲得したい。 2015-08-23 15:46:55
ー 『テクストの擁護者たち』について。久保田静香さん「グラフトンはインテレクチュアルヒストリーという手法をどれだけ意識的に使っていたか」ヒライさん「19世紀からある用語だが、現在とはかなり異なる用法。現在は日本語でいう「思想史」とはかなり異なる範囲をさす」 2015-08-23 15:55:22
- ラヴジョイのいう「観念史」はインテレクチュアルヒストリーの対象を扱わない。インテレクチュアルヒストリーの実践の成功例がグラフトン。ヒライさん「なぜ彼が成功したかまだわからないところがある」 2015-08-23 16:01:04
ー 福西さん「大学では哲学科に所属していたがなんとなく居心地がわるかった。テクストの外部の歴史を扱わない環境にもどかしさがあった。翻訳に携わってみて、ビッグネームの思想家の思索を広い文脈に置くグラフトンの手法に共感を覚えた」 2015-08-23 16:03:57
ー 福西さん「人文学の側も社会的有用性の意義を狭く考えすぎてきたのではないか。『テクストの擁護者たち』第1章をぜひお読みいただきたい」ヒライさん「第9章もいろいろ考えさせてくれます」時間なのでトークショーはここで終わりです。このあとサイン会があります。 2015-08-23 16:55:18
私はグラフトンの方針にたいへん共感するものです。
本書の翻訳者の福西亮輔氏は都立大哲学科出身の高校教員(地理歴史・公民科)、翻訳着手時は小学校教員だったそうです。現在は部活動の顧問ももちろんしておられるそうです。たいへんな激務のなかこのような成果を出されたことは、学問を志しながらいまにも心折れそうな若手研究者たち、そして研究職を志した経験のある教員・図書館員・博物館/美術館職員にとっての希望の星となるでしょう。
装幀も美しく、文章も読みやすい。重要な著作を相応しい皿に盛る作業、とても大事です。丁寧にインフォーマティヴでリーダブルな本を作って届くべき読者に届ける努力を惜しまないヒロ・ヒライさんと勁草書房の担当編集者・関戸詳子さんの情熱と誠実さに深く胸打たれました。
会場ではむろん人文学の未来に関する話題も出ました。価値観の多様性の担保が大事だし、とてもこの場で語り尽くせる話題ではない、 みんなでひきつづき考えよう、と示唆するトークショーの采配も見事でした。
コメンテーターの久保田静香さんの指摘も的確でした。人文学にたどりつく以前の状況にいて見知らぬ世界を開く新鮮な知に飢えている人にいったい何ができるか。その無力感は心ある若手中堅が共有している課題であるかと思います。
会場の下北沢B&Bのマネジメントもプロフェッショナルです。厳選された書架とグッズも素敵です。経営側の価値観を客にこれでもかとおしつけないブックカフェはそれだけで貴重です。
なかなかに困難な状況にある人文学ですが、未来のかたちのひとつはここにあるかもしれない、との感を得ました。
私はヒライさんの活動の側に立ってできることをしたいと思います。
L.D.レイノルズ、N.G. ウィルスン『古典の継承者たち』(国文社、1996年)もぜひ合わせて読んでいただきたい好著です。
国文社さま、ぜひとも再版してください。期待します。