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ホッキョクウサギ日誌

古代末期地中海世界の宗教史、宗教学、詩と短歌と文藝評論とその周辺をめぐるよもやまばなし。

辻邦生『西行花伝』展(学習院大学史料館)を見に行きました。

展示 文学

もう一ヶ月ほど前になりますが、学習院大学史料館の「辻邦生 西行花伝」展を見に行きました。備忘録としてUPしておきます。

www.gakushuin.ac.jp
晩年の大作『西行花伝』の成立に至る辻邦生と西行のかかわりに着眼した、凝縮されて美しい展示でした。
若き日の日記、『西行花伝』の自筆原稿、フランスで行った西行に関する講演原稿・講演準備ノートも出展されていました。


「絶えず書く人」であった辻邦生は書簡も日記も捨てずにとっておいたそうです。今回の展示では日記の目録が出品されていました。
みずからの作品は歴史に残るはずだ、書簡も日記も研究の史料になりうるはずだ。
だから残せるものは可能な限り残しておくのだ、という覚悟も感じられました。
痕跡を可能な限り遺しておきたい作家と、痕跡を可能な限り残さず作品だけに語らせたい作家。それぞれの生き方を考えさせられます。

学生時代の辻邦生が日記に書き留めた詩や短歌もみられました。
福永武彦立原道造を想起させるハイカラで抒情的な作風でした。
辻邦生はこの抒情を最晩年に至るまで保ちつづけ、短編連作集にも長編小説集にもその片鱗を輝かせていたのですが、荒地派以後の現代詩がすすんで放棄した四季派的な抒情とユーモアを小説で継承し、生かしつづけた作家たちがいたのではないか、という戦後文学史の見立てもできるかもしれません。

年譜も親切でした。辻邦生の作家デビューは留学から帰朝後(36歳)、立教大学にテニュアトラックで就職したのが41歳のとき、44歳で学生紛争のさなか『背教者ユリアヌス』を書き始めたとのこと、あらためて伝記的事実を見ると文学研究者でもあった作家の人生が感慨深くうかびあがります。

辻邦生には終戦からフランス留学中のアウシュヴィッツ体験とアクロポリス体験までの15年にわたって小説を書けない時期があったというエピソードも紹介されていました。敗戦の焼け野原を前に物語を語る意義を見失ってしまった辻邦生が、また何かを語らなければならない、と決意したのは、アウシュヴィッツ収容所跡を訪れた折りに詩や文学の記憶が収容者の心の支えとなったことを知ってからとのことでした。


もっとも、辻邦生の作品世界は大文字の文学が信じられていた時代に旧制高校文化と東大仏文科を経由してフランス語とフランス文学を教える大学教師として生きたひとが書いた散文ならではの趣を備えています。
旧制高校教養主義文化の最後の残り香をかろうじて知っているロストジェネレーションの人として、辻邦生の作品世界の妙味をより若い世代に伝えるときには、やはり評言をかなり工夫しなければならないとも改めて考えるところです。

純粋性と純情を保ちつつ成熟した文学を書くことに関心のあるひと、歴史とフィクションに関心のあるひと、歴史小説書くひと、日本のポストコロニアル文学と教養主義、そして日本発の世界文学のゆくえに関心のある皆さん、学習院大学史料館での今後の辻邦生関係の展示に注目しましょう。

今回の訪問では、おもいがけずも担当学芸員のかたから所蔵資料の現況について貴重なお話をうかがうことができました。
ありがとうございました。