ところが、緊急事態宣言発令で宝塚大劇場での上演が中止になってしまいました。
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宝塚大劇場千穐楽無観客公演のライヴビューイングとリアルタイム配信が5月10日にあるとのことです。
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東京宝塚劇場公演の無事開幕を祈って、改めて予習アイテムリストを収録します。
みなさまのお役にたてましたら幸い。
通史としては、講談社学術文庫の「興亡の世界史」シリーズ所収の本村凌二『地中海世界とローマ帝国 』(講談社学術文庫、2017年、電子版あり) を読んでおくと見通しが出来ます。本村先生のご著作では『教養としてのローマ史の読み方』はもっと読みやすい。
宝塚歌劇の大きなみどころは親密な人間関係の描写でもあります。本村凌二先生の著作からもう一点、『愛欲のローマ史 変貌する社会の底流』(『ローマ人の愛と性』(講談社現代新書、1999年)を講談社学術文庫に再録、2014年、電子版あり) をおすすめします。決して甘くはないローマ人の性愛事情や家族史事情の話は踏まえておいて損はありません。
小中学生向けの学習漫画もゆめあなどるべからず。
南川高志先生の監修による『小学館版学習まんが 世界の歴史 3 ローマ』(作画・新井淳也、小西聖一、編集協力・山川出版社、2018年、電子版あり)と羽田正先生の監修による『角川まんが学習シリーズ 世界の歴史 3 秦・漢とローマ──古代の大帝国 紀元前二〇〇~紀元後四〇〇年』(KADOKAWA、2021年、電子版あり)が出そろいました。ローマ特化型とユーラシア同時代史横断型(比較史型)、どちらも魅力的な企画です。リアリズム寄り作画も好感触です。
そしてマエケナスの支援を受けたもう詩人といえばホラーティウス。彼の『歌章』に収録された「世紀祭の歌」にも帝国プロパガンダを支える内容が出てきます。
西脇順三郎の教え子の西洋古典学者・藤井昇先生による『歌章』の翻訳(現代思潮社・1973年)があります。古書で入手可能です。『歌章』の抜粋が呉茂一先生の古代ギリシア・ローマ詩アンソロジー『花冠』で読めます。呉茂一先生の訳業は20世紀の日本語世界における西洋古典受容史を語る上では避けては通れません。古今東西そして都鄙の詩語に通じた雅俗混淆体で古典ギリシア語やラテン語を日本語に移すという余人をもって代え難い技芸の結晶です。こちらはまだ新本で入手可能です。マエケナスから支援を受けた抒情詩人・プロペルティウスの恋愛詩の翻訳も収録されています。
Mary Beard, John North and Simon Price, Religions of Rome, 2vols., Cambridge UK: Cambridge UP, 1998
メアリ・ビアド先生によるローマ通史本、『SPQR』も邦訳が出ました(宮﨑真紀訳、亜紀書房、2018年、全2冊)。こちらもビアド節ともいうべき闊達な洞察が冴える素敵な本です。前提となる基礎知識をある程度お持ちのほうが楽しめるでしょう。
ビアド先生の『舌を抜かれる女たち』(原題=Women and Power: A Manifesto (London, Profile Books, 2018; 邦訳=宮﨑真紀訳、晶文社、2020年)は、西洋古典文学(古代ギリシア・ローマ文学)に根深い女性蔑視が、現代のアカデミズムやファンダムにいたる受容過程においていかに研究者や読者の内なる女性蔑視を正当化し、さらに根深いものとしてきたかを語る講演集です。ビアド先生のご著作に関心をもたれましたら、また、こちらのブックリストになぜ女性の著者が少ないのか、と思われましたら、こちらもぜひご一読ください。英語版・日本語版ともに電子版もあります。
【アウグストゥスを単体で予習したい人向け】
7000円弱ですががっつりと評伝です。ぜひこちらを。
バーバラ・レヴィック先生は帝政初期ローマ史研究の重鎮、帝政初期の皇帝たちの伝記も各種上梓しておられます。
宝塚で《ポッペアの戴冠》の翻案もやってたような気がするなあと思って検索しましたらネロのドラマが出てきました。
ところで、さかもと未明さんの漫画はどうなのか、というご質問をいただきました。
端的に言って人間関係、特に恋愛模様がコンテンツな人向けです。ストーリーテリングも当時の支配階層の恋愛と性愛を強調しすぎで、人物の絵が古代ローマではなくて、ヘレニズムの建築と服飾を受け入れてローマに倣う国家を打ち立てた東南アジアのどこかの架空の王国の人に見えるという最大の難点があります。それでも手っ取り早く予習をしたい人にはいいのかもしれません。私から積極的におすすめはしません。
【追記2・昏い神々は誰?】
10日の宝塚大劇場千穐楽の配信をごらんになった川本悠紀子さんから「オクタウィアヌスがアウグストゥスになったよエンドだった」「神々は黒装束でおどろおどろしい雰囲気、軍神マルスが出てくると予想していたので意外だった」「ウェスタ女神官(vestalis)が出てくる、しかも女神官長(vestalis maximaも出てくる)」との情報をいただきました。
「おどろおどろしい黒装束」の神々はだれなのか。まず考えられる可能性としては、冥府の神々です。冥府の神々はまじない(呪術)のさいに召喚されます。この昏い神からはヘカテーも連想されます。夜と冥府に属し、ローマでは「十字路の神」として知られる神格で、帝政後期のイアンブリコス派新プラトン主義の私的神託(「神働術」)では、夜と月の女神としてアポロンとセットで召喚されます。
もう一つ考えられる可能性としてはモイライ(運命の女神たち)ですが、彼女たちに黒装束を着せる描写はありうるでしょうか。ここはぜひ舞台の配信や映像を見て確認してみたいところです。
死生観としての宿命論が色濃く存在する社会です。宿命と死と戦乱の影につきまとわれながらつねに選択の十字路に立ち、時には冥府の神々の力をかりてまじないをもよりたのむオクタウィアヌス像の印象を強める役割を託されているのでしょうか。非常に興味深い造型です。
呪い板(呪詛板)と呪文についてはよい概説書が邦訳されています。呪い板を用いた呪術の実践のようすもわかります。
・ジョン・G・ゲイジャー、志内一興訳、『古代世界の呪詛版と呪縛碑文』、京都大学学術出版会、2015年
ウェスタは竈の女神で、ギリシア世界のヘスティアに相当します。家庭では家内安全を願って主婦が祭祀を行います。古代ローマでは、この竈の女神の祭祀の存在意義を国家規模に拡大したウェスタ祭祀が行われていました。ウェスタ女神官に抜擢されるのは良家の少女で、幼年期から任にあたります。30年の任期中は独身・不犯を定められています。帝政期になるとほぼ生涯にわたって在任した女神官もいたことが知られています。
帝政初期の事例について日本語で読めるものには、遠藤直子さんの論考「ローマ帝政初期のウィルギネス・ウェスタレス」があります。残念ながらオープンアクセスではありませんが、都道府県立図書館・大学図書館でレファレンスサーヴィスをかけられる方はぜひ論文のコピーとりよせ依頼をかけてみてください。
欧語文献ではさしあたり
・Robin Lorsch Wiltfang, Rome's Vestal Virgins, London: Routledge, 2006
を挙げます。電子版もあります。
「ローマ革命」の帰結を描く物語のなかに登場する昏い冥府の神々や、竈の女神の女神官たち。意外でした。オールフィーメイルキャストでも不自然のない神格を登場させるために近年の研究動向もおさえた上でリサーチを重ねての選択と拝察します。
劇中に出てくる「官報」はアクタ・ディウルナ acta diurnaのことでしょう。舞台美術・衣裳にも興味深い点がいくつもあったとうかがっています。ここはやはり自らの目で確認したい。舞台映像や配信を実見する機会があることを願ってやみません。