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ホッキョクウサギ日誌

古代末期地中海世界の宗教史、宗教学、詩と短歌と文藝評論とその周辺をめぐるよもやまばなし。

からだのシューレ・naoさん講演会に行ってきました(12/3・東京ウィメンズプラザ・加筆しました)

からだのシューレvol. 5 プラスサイズモデルnaoさん講演会に行ってきました。

公式告知はこちら。

【12/3・東京】からだのシューレvol.5 特別講演会「あなたのカラダは誰のもの?」 | eat 119

「からだのシューレ」は文化人類学者・磯野真穂さん司会、EAT119・林利香さん共催による、「食べる」ことと摂食障害と身体をめぐる諸問題を文化人類学の手法を用いて見つめるワークショップです。治ること、治すことを目的とせず、社会のなかにあるいろいろな考えかたの枠組みを浮かび上がらせ、意見を分かち合う会です。質疑応答タイムも充実です。


子供の頃から体型の悩みがあって「愛されていない」と思ってきたひとが思春期になって他律的な強迫観念としての痩身願望に陥り、いろいろな人との出会いから美貌の観念を相対化し、「受け入れられている」ことに気づいて、自分の肉体を回復するまでの過程のお話でした。
naoさんは聡明な人で、お話もおもしろい。聞いていてさまざまな発見がありました。「きちんとしている」はずのボーイフレンドに「君は変わらなければいけないよ」と酷薄な仕打ちを受けた話や、ティーンエイジャーの頃に友達と買い物に行っても着たい服がなくてやむなく男物の服をジーンズショップで買ってきていた話など、思わずもらい泣きしそうになりました。
まるで小学生のいじめっ子の価値観そのままに、公共の電波にのせてcurvyな人たちをおもしろおかしく見世物にするテレビのバラエティショーの制作意識の話題もありました。BBC摂食障害からの回復を主題に取材されてはじめて国内のテレビ局からバラエティショー以外の取材依頼が来るようになった、とのお話でした。
その経験から「他律的な痩身願望にもとづくダイエットを推奨するテレビの企画には出ない」とのこと、まさに慧眼です。
そうだよそんなもの出なくていいよ。

それにしても容姿と食と自己受容、愛情の問題に帰着させるには複雑な問題です。「きちんとしている人に認められたかった」も非常に身につまされました。

規範を体現する存在に認められたくて努力する人が、硬直した規範的な価値観ではもはや縛れない発想を自身が持っていることに気づいていないがゆえに、「きちんとした何か」に欠けを責められ、「君が変われば認めてやろう、まだまだ、まだまだ、いつになったら変わるんだ」と無限の変容を求められて、サディスティックで酷薄な扱いを受けて深く傷つく。それは恋愛に限ったことではないのです。
ひとはそこにあるだけで欠けも含めてその人として無二の存在としてパーフェクトであるのに、人をそんなふうに扱う何かははたして「きちんとして」いるのでしょうか。

常に値踏みされる側として生きてきたひとが言語化できない孤立感と混乱の中でふつうに食べられなくなることはおおいにありうる話でしょう。
「気のもちようですね」「気にしなければいいんじゃない」と記者や医者に言われて、それですむならこんなに苦しんではいない、と思った、というお話もありました。
そうだよほんとうにそうだよね。

naoさんがモデルとして活動している雑誌『ラ・ファーファ』は初めて見ました。さまざまな系統のスタイリングがのっているし、いままでなかった雑誌なのでぜひがんばっていただきたいですが、陽気で賑やかな紙面デザインや柔らかい布でボックスシルエットをつくるスタイリングを見ていると、curvyな人たちの服を「ぽちゃかわ」路線に閉じ込めてはほしくないな、とも感じました。
「女性はかわいく」「規格外の身体ならなおさら愛嬌を」という日本社会に隠然とあるジェンダー規範に縛られて「ぽちゃかわ」路線のスタイリングに流れるならそれはそれでとても根の深い問題だとも思う。「ぽちゃティヴ」のヴィジュアルも布が柔らかすぎる。もっとかっこよくしてあげてほしい。
ぜひここは日本の13号以上のサイズの服がふつうにしかもかっこよく存在する海外プラスサイズファッションの世界に大いに学んでいただきたい。日本のプラスサイズファッションの世界も10年前より格段に向上しているとはいえ、まだまだこれからです。
自分で技術を共有することによってかっこよく自分の着たい服を着るフィロソフィのあるCurvy Sewing Collectiveおもしろいですよ。

 40代以上のお洒落とならんで、既製服のサイズ問題はほんとうにポジティヴな身体イメージに関わる深刻な話題。サイズとデザインの多様化はブルーオーシャン

伊藤比呂美さんも『女の絶望』『女の一生』で、摂食障害からの脱出は「あたしがあたし」であることに気付けるかが鍵、と書いていらしたことなども思い出しました。

よい会であったと思います。

最近書いた詩歌・文藝評論関係の文章について

最近書いた詩歌・評論関係の文章についてお知らせします。

現代詩手帖』2016年9月号・特集「古典詩への誘い」に「叙景と引証とわたし、ある古代末期文学紹介の試み」を寄稿しました。
古代末期地中海世界ギリシア語文学・ラテン語文学の抒情と叙景と「私がたり」について、古代末期に取材した日本語現代詩における「学匠詩人」の系譜について書きました。
作曲家・チェンバリスト根本卓也氏への選詞協力についても書いています。
http://www.shichosha.co.jp/gendaishitecho/item_1705.html
この文章で言及したアンミアーヌスによる地震描写のテクストは『ユリアヌスの信仰世界』のプロローグでも引用しました。ぜひご覧下さい。

ユリイカ』2016年12月号「特集=『ファンタスティック・ビースト』と『ハリー・ポッター』の世界」に「夢みるひとの物語、醒めたるものの物語 ファンタジーと「宗教的なもの」についての試論」を寄稿しました。
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=2995
ポスト世俗化社会におけるファンタジー表象とファンタジー文学の機能と作家の職能、ファンタジーのなかのメディーヴァリズム(中世憧憬、中世回帰)表象と現代の宗教的・政治的メディーヴァリズムの現実との葛藤、「新しいヒューマニズム」の一側面としてのファンタジー表象との思いがけない出会いの可能性について書いています。
新しい芸風を切り開くきっかけをいただきました。ありがとうございます。

ユリイカ』の「《ファンタスティック・ビースト》と《ハリー・ポッター》の世界」特集は、J.K.ローリング作品の作品世界と映像化について主に文学研究者と映像研究者が的確かつ興味深い分析を寄せた大充実の一冊です。
井辻朱美さんと池澤春菜さんの対談、鏡リュウジさんによるクリスティナ・ハリントンさんインタビュー(西洋中世史家としてのアカデミックキャリアからソリッドで洞察の深いなおかつこわくないあやしくない魔法書店の店主へ)も面白いです。皆様ぜひお手にとってごらんください。

「スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチとの対話」に行ってきました(2016年11月25日・東大本郷、なかにしけふこのツイッター(@mmktn)より聴講メモを再録)

「スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチとの対話」に行ってきました。
(主催:東京大学大学院人文社会系研究科現代文芸論研究室、後援:日本ペンクラブ、協力:岩波書店・沼野科研)

公式告知はこちら。

20161125 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチとの対話

とても濃密な105分でした。
アレクシエーヴィチさんの包容力ある柔らかいアルトの声にこもる不屈の精神を感じました。
本郷の2限の時間帯でしたが、会場は超満員、立ち見も出ていました。
「きょうはアレクシエーヴィチさんに語れるだけ語っていただくのが司会者の使命です」。沼野充義先生による司会とオーガナイゼーションが見事でした。匠の技です。
同時通訳者は露日・日露2名、素晴らしい仕事でした。感服です。
聞き手の小野正嗣さんからの質問も、まさにそこがききたかった、とアレクシエーヴィチさんの著作の読者が思うポイントを的確に把握していてたいへんよかったです。

ツイッターに当日のリアルタイム聴講メモを放流しましたが、そのまま流れていってしまうのはもったいないのでこちらに収録します。ご本人も通訳の方ももっとすばらしい表現で語っておられた部分もありましたが、メモ書きでは充分にそのすばらしさがつたわらない憾みがあります。もっと詳しい聴講記をSNSで報告されている方もいらっしゃるかと思います。後から記憶で補足した部分もありますし、聞き落としなど至らない点もあるかと思いますが、ご参考になれば幸いです。

〈パート1〉
小野正嗣
少女時代はどのような少女だったか。小説ではなくノンフィクションを選んだのはなぜか。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 人生観は子供の時に形作られるもの。両親は村の学校の教師。私も村で育った(※ソ連時代の学校は小中高一貫)。大人になると人は大衆として似たような存在になるが、子供は一人一人独特の存在。
 両親が教師だったので書物がたくさん家庭にあった。自身も書物の人であると感じる。しかし、路上や戸外のことはより面白かった。女性たちが戦争体験について語っている場がとても印象的だった。女性たちは武勲について語らず、出征した男性の不在の日々や、出征当日の様子について語ってくれた。
 子供の頃は夏にウクライナの祖母のもとへ行っていた。祖母はメタファを用いて戦争を語った。それはホラーであると同時に、詩的な悲劇であると感じられた。
大学ではジャーナリズムを専攻し、実習では戦争についての聞き取り調査を行った。まだ人々の記憶のなかに戦争が生々しかったので、多くの体験談をきくことができたテーマだった。悪は善よりもはるかに芸術的であり、殺人にさえもクリエイティヴな喜びがあるという印象を受けた。
 戦争について聞き取り調査を行ううちに、男性は歴史に立脚して語っていて「歴史の人質」になっているが、女性たちの語りははるかに自由で、肉体的な生理(biology)と宇宙観(cosmos)に基づいて語っているように感じられた。男性は人間の苦しみについて語るが、女性たちは人間の苦しみ以外に、生き物や大地や植物の苦しみについても語っている。
 証言をまとめるとき、村で育った経験に助けられた。村の生活は自然と密接に結びついている。それと同時に、(わが国の)歴史は痛みの歴史である。
 戦争について「沈黙」はしていない。戦争についての本は先行例がたくさんあったが、私は違う時代の人間なので、それまでの本と時代のように冷たいヒロイズムには与さない。冷たいヒロイズムの特徴は、人間の命に価値はない、自分を大きなものに捧げることが大事という考え方。それは全体主義の特徴でもある。
 (インタビューのさいの)質問内容は私が関心を持っていることのみ。すでに尋ねられていること、アーカイヴ化された記憶を反復するような内容を繰り返し尋ねることはしない。時代の紋切り型、時代のバナールさから身を引き剥がすこと、時代のヒーローをそのようなぬかるみから引き剥がすことが必要。

小野正嗣
 あなた(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)の作品には文学を愛する人々が出てくるが、彼ら彼女らは本は無力だと語っている。文学が人生を教えてくれない状況がチェルノブイリ以降、1991年以降に登場した。それでも本を読まなければならない理由はなにか。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 ロシアの文化の中心には文学がある。ドイツでは音楽、イタリアでは建築があるようなものだ。ロシアの文化における言語中心主義を全体主義体制が用いた結果、ことばが絶大な権威を持ち、個人の人生に大きな影響を与えるようになった。他のものがみな閉ざされていたからだ。
 ソヴィエト時代には書物とは秘められた関係を築くことができた。閉ざされた世界の中で、書物とは一対一で相対することができたからである。1991年以降は世界の全てが私たちのところに押し寄せて来て、世界の一員であることを感じることができた。
 ソヴィエト時代では文学を読む人であること、その連帯感が作家の固有名詞に言及することで確認できたが、ソヴィエト崩壊後には趣味趣向によって人々は分断された。
 ソヴィエト時代には文学作品の書籍販売に行列ができたが、ペレストロイカ以降には西側世界のマテリアルカルチャーへの適応と体験が重視されたので、書物は後回しになった。本が唯一の情報源ではなくなったのであって、本が忘却されたわけではない。開かれた世界の中で情報源が多様になった。
 ペレストロイカ時代の思い出。ポーランドからベラルーシへの帰途の列車の車中で、行商人の男性に聞かれる。「あなたは本をたくさん読んでおいでだが、私のように商売ができますか。商売で儲けることができますか」。男性はベラルーシで釘を仕入れてポーランドで売り、ポーランドで電化製品を仕入れてベラルーシで売っていた。世界中が同じようになってしまったという感慨を覚えた。
 30年間「赤い人」たちのユートピアについて問うてきたが、そこでは美しいはずの世界は血の海になってしまった。それがどのように形成され、崩壊したかに関心がある。

(関係者紹介・挨拶タイム。翻訳者の松本妙子さんより挨拶。『セカンドハンドの時代』を翻訳しているうちに、あたかも自らの手が血まみれになったような感覚を覚えた、自分はタフなほうだと思っていたが、決してそうではないことに気づいた、とのコメントが印象的。)

〈パート2:日本ペンクラブより質疑タイム〉
下重暁子(挨拶と質問):
諦めの境地という日本文学の伝統、想像力のなさが嘆かわしく感じる。お考えを伺いたい。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 現代はとても難しい時代で、人々は回答を過去に探している。保守主義の台頭に反映されている。民主主義は壊れやすいもので人々は未来を信じられず、セカンドハンドの思想を信じようとしている。ハンナ・アーレントが言ったように、人々を励まし勇気付ける存在としての知識人の役割が重要になる。
 いままでは人は消費によって満足を得ていたが、消費にすら人間は満足できなくなった。新しい哲学が必要だと思うが、特に旧ソ連のような国ではそのようなものが出てきにくい。足元が不確か。新しい国を作る機会はそうそう巡ってこないだろう。
 作品で人を脅かそうとするつもりはなく、人間の魂や精神、理想主義を伝えようとしてきた。こんな時代だけれど、想像力を忘れてはいけない。全体主義ファシズムですら勝利することができなかったのだから、絶望してはいけない。

吉岡忍:
(『死に魅入られた人々』について)自殺者に取材対象として関心をもったのはなぜか。

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 それまで信じていた理念を信じられなくなってしまった人々の存在に関心をもった。共産主義の奴隷になった人々、共産主義という黒魔術に魅入られた人々がその事例である。自殺からの生還者が共産主義という理念に一体化する恍惚を語り、その時死んでも惜しくない、と自らの命の価値をあまりに軽く扱っていたことに震撼した。

 あまりに大きな国、大きな空間は空洞である。それに対峙する人間には自らに価値がないかのように感じる。 ゴルバチョフと少数の民主派は大衆と同じ言葉をもつことができなかった。人々はただ、よい生活を望んでいただけで、新しい体制への想像力が働かなかった。
 プーチンは「偉大な指導者」として自らを提示し、大衆に馴染む既存のマトリックスを提示した。そのことはとても危険なことである。

〈パート3:報道各社質疑タイム)

プレスより質問・1:ジャーナリストに必要な勇気とはどのようなものですか。
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 ジャーナリストはより謙虚であるべきだと思う。専門知識や感受性がジャーナリストだからといって優れているわけではない。それぞれの職業に携わる人々のもつ専門知への敬意が大切。勇気というものはプロフェッショナルの倫理としてもっていなければならないものなのではないか。
 感情面での勇気よりも思想面での勇気を高く評価する。陳腐な発想や思想を繰り返さない勇気が大切。


プレスより質問・2:(『戦争は女の顔をしていない』について)インタビュイーに質問しにくかった内容はありますか。
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 『戦争は女の顔をしていない』について) 愛の話題とスターリンの話題は質問しにくかった。祖父母の世代では愛に関する考え方が全く異なり、言語化されにくく、ロマン化されている。愛と若さは密接に絡み合っていて分けることが難しい。占領地での強姦についても質問しにくかった。
 独ソ戦での勝利を話題とすることが社会のなかで避けられてきた。ドイツのファシズムソ連ファシズムの衝突だと理解していたのは非常に少数の人だけ。
 自身の父親の言動を回想してみても、共産主義を信じていた人からそのひとの人格のひとつになっている共産主義を分離することは非常に困難だった。

プレスより質問・3:福島で人々は語りたがらない。カタストロフィを語る文学として証言形式を選んだのはなぜですか。
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 数十年にわたるカタストロフィをどのように語るか。カタストロフィの語り自体がカタストロフィになってしまうことがある。 チェルノブイリを扱ったフィクション(小説、映画)はみな成功していない。まだ文化のなかにそのカタストロフィが意義づけられて定着していないからだ。
 チェルノブイリ事故時に放射線封鎖のために上空から砂をまいて被爆した操縦士の談話が記憶に残っている。「自分はこの状況が理解できない。あなたにも理解できないだろう。しかし、後の世代が理解できるかもしれない」。

プレスより質問・4:泊原発について北海道で講演されたことがありましたが、そのときの印象をおきかせください。地方の可能性についてお考えをおきかせください。
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 北海道の風景は素晴らしい。生まれ故郷との共通点がある。泊では、広々と自由な風景のなかに原発の風変わりな建物があり、自然とテクノロジーの共存に美しさを感じた。しかし、死と美は隣り合っている。そのことはときとしてトラウマになる。
チェルノブイリが起きたのはソ連の人々がでたらめだからではないか。日本ではそんなことはない」とそのとき日本人技術者からコメントされたが、そのようなことを言っていた人々が、(東日本大震災原発事故を通して)文明がごみになる場面に直面した。人間は自然界において占めるべきではない位置を占めてしまった。
 これから人々は大都市から逃げ出すようになり、そのとき全く新しいテクノロジーを手にするようになるだろう。東京の上空からの航空写真を見るととても非人間的にみえる。これからの人たちは東京を離れ、北海道に移住するようになるかもしれませんね。(会場笑い)

プレスより質問・5:東日本大震災以後、原発はこれからもなくならないと思いますが、これからの自然との共生についてのお考えをおきかせください。
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:
 ベラルーシでの私の住んでいるマンションでは一世帯で二台も三台も自家用車をもっているひとたちがいます。このような考え方では原発はなくなりませんよね(会場笑い)。自然は人間に判断を示していると思う。これからどのように自然と共生してゆくか、別の考え方が必要。別の考え方が作れない限り、原発はありつづけるだろう。時代の変化がとても急激なので、古い哲学ではその挑戦に立ち向かえない。技術が新しい形の戦争に形を変えている。
 チェルノブイリからバスで避難するひとびとが、飼っていた動物をおいてゆく。そしてなぜ避難しなければならないのか人々が分かっていない。これは新しい戦争のかたちだと思った。

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以上です。信じていたものがこわれてゆく時代をまのあたりにして精神的な危機を迎えた人々、時代の変容に対峙する新しい考え方が作れないで苦しむ人々、そのような状況が顕著にあらわれる時代を専攻している歴史学徒・思想史研究者のみなさんにもぜひ見ていただきたかった対話集会でした。「歴史の人質」「思想という黒魔術」「思想の奴隷」など、すばらしい表現も数々ありました。
(西洋古代・中世研究を志す若人のみなさんも、ぜひアレクシエーヴィチさんの著作を読みましょう。)

単著『ユリアヌスの信仰世界』を上梓しました

このたび、単著『ユリアヌスの信仰世界 万華鏡のなかの哲人皇帝』を慶應義塾大学出版会から上梓いたしました。
博士学位請求論文に大幅に加筆改訂して単著に仕上げました。

密林堂でも取り扱いあります。こちらです。

日本ではイプセンやメレジコーフスキイや辻邦生の戯曲・小説で知られてきたローマ皇帝、「背教者」ユリアヌスが見た同時代の宗教と父祖たちの祭祀の伝統とははたしてなんであったのか。彼が求めた威厳ある清潔な宗教の実相とはなんであったのか。ユリアヌスの読書経験とイアンブリコス派新プラトン主義の関わりを参照しつつこの問題に取り組んで、見通しを提供した著作です。
日本人研究者によるユリアヌスの知的伝記としてははじめての試みです。

自分で言うのも何ですが、「知の歴史」と宗教史学を架橋しつつも叙述の魅力ある歴史書になったと思います。あとがきから読む派のみなさんにもお楽しみいただけるかと思います。
上梓にあたっては平成28年度科学研究費助成事業研究公開促進費(学術図書)の助成をいただきました。
改めて感謝申し上げます。

慶應義塾大学出版会ウェブサイトの紹介頁はこちらです。
目次と梗概がみられます。
http://www.keio-up.co.jp/np/isbn/9784766423822/

慶應義塾大学出版会ウェブサイトに自著紹介エセーも掲載されました。
リンクはこちらです。
http://www.keio-up.co.jp/kup/gift/julianus.html

耳塚有里さんによる装幀は大理石やトラヴァーティンの輝きの面影も伝えて素敵です。
かっこいい本にしあげてくださってただただ感謝です。

いま慶應義塾大学出版会のウェブサイトのトップページでは、『ユリアヌスの信仰世界』は東大宗教学研究室同窓の渡辺優さんの著書『ジャン・ジョゼフ・スュラン』とともに「おすすめ本」コーナーで紹介されております。「生きられた経験」としての宗教現象を対象化しつつ実証的な研究を行う東大宗教学研究室西洋宗教史部門の学風とその出身者の著作をこのようにしてひきたててくださり、ほんとうにありがたいことです。

7500円+税と、学食の麺類およそ1ヶ月分のおねだんいたしますが、みなさまどうぞよろしくお願い申し上げます。

【登壇します】シンポジウム 「宗教」をものがたる-宗教/文学研究のいま-

「宗教・イメージ・想像力」研究会、第2回の企画として以下のシンポジウムを行います。私もコメンテーターとして登壇します。
ショートノーティスで恐縮ですが、ご関心おありのかたぜひお運び下さい。
近藤光博さんのnoteより情報を転載します)

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【シンポジウム】「宗教」をものがたる-宗教/文学研究のいま-

◆ 2016年8月7日(日)13時半から17時半ごろまで(時間帯が多少前後するかもしれません)

日本女子大学 目白キャンパス 百年館

◆ 発表者 ※ 諸般の事情から、発表順が変更になりました(160803)

13:30-14:10 茂木謙之介(東京大学大学院)「〈幻想〉の宗教学 ―雑誌『幻想文学』研究序説―」 ※『幻想文学』をめぐって

14:10-14:50 橋迫瑞穂(立教大学)「ポピュラー小説にみられる宗教/スピリチュアル的「世界」観 ー恩田陸『夢違』を事例に―」 ※ 恩田陸『夢違』をめぐって

<休憩>

15:10-15:50 飯島孝良(東京大学大学院)「メディアとしての一休「像」とその禅文化史的意義」 ※ 水上勉『一休』、唐木順三「しん女語りぐさ」、加藤周一「狂雲森春雨」、『別冊太陽 一休』などをめぐって

15:50-16:30 大澤絢子(東京工業大学大学院)「新聞小説親鸞像 ―石丸梧平から吉川英治へ―」 ※ 石丸梧平の新聞小説をめぐって

◆ コメンテータ 中西恭子(東京大学

◆ 主旨 (文責:茂木)

※ この企画は、「宗教と社会」学会 第24回学術大会でのテーマセッション「物語を読む、宗教を読む―宗教/文学研究の架橋のために―」(代表者:橋迫瑞穂)のフォローアップ企画です。

 本シンポジウムの目的は、近現代の諸メディアの分析を通して、「宗教文学」を問い、宗教研究と文学研究の架橋を図ることにある。

  これまで宗教研究では、フィクションと宗教を問う際に、文学テクストに内在する〈宗教〉的モチーフの検討が多くなされてきた。だが、そこで扱われる〈宗 教〉的モチーフとはいかなるものかについては曖昧な議論がまま見受けられ、文学テクストを扱うに際してのメディア論的な見地からの検討も十分になされてき たとは言いがたい。一方で、文学研究における「宗教文学」研究においては、特に特定の宗教への信仰を語る主体を対象とするような作家論的研究が多くを占め ていると言える。

 過去二十年以上にわたり、人文諸学においては自らの学問領野の自明性・自律性を問い直す試み が行われてきた。宗教研究においては、〈宗教〉概念が俎上に載せられ、分析概念の相対化が図られてきたことは周知の通りであり、また文学研究においても、 〈文学〉なるものの範囲、正典(カノン)としての〈名作〉の特権性、そしてロラン・バルト以降の作者の優位性をそれぞれ問い直す動向が生起している。だが、そのように自らの研究領野へ批判的なまなざしを向ける一方で、周辺領野の研究に関して相対化は十分に図られてきていないのではないだろうか。言うなれば物語と宗教の関わりをめぐって、宗教研究と文学研究は、互いの研究領野における学問的達成への目配りが成立しているとは言いがたく、積極的な架橋が望ま れているのである。

 以上の問題意識から、本シンポジウムでは、作家論的研究を乗り越えることを一つの課題とし、宗教研究及び文学研究で共に研究領野の相対化に資しているメディアへの注目を一つの視座として検討を行う。なお、メディアはイエ、教育とならび、大衆 の宗教へのアクセスの仕方として想定可能である。特に大衆が宗教性に巻き込まれる、あるいは大衆を宗教性に巻き込むといった事態を想定した際、メディアを 分析する意義はきわめて大きい。これを見ることによって端的に文学の正典に寄り添うだけにとどまらない「宗教/文学」研究の可能性を探ることができるので はないだろうか。

 大正期の新聞小説における親鸞の検討を行う大澤絢子、および戦後諸雑誌における一休表象を問 う飯島孝良の報告では、近世以降の出版文化の流れを踏まえつつ、近代以降の諸メディアにおける祖師像の形成過程とその意義を明らかにする。スピリチュアリ ティの観点から恩田陸の小説『夢違』の分析を行う橋迫瑞穂と、雑誌『幻想文学』における宗教学知の影響を論じる茂木謙之介は、1970年代のオカルトブー ム以降の現代文化の文脈をおさえつつ、文学の文化的背景としての宗教を論ずる。

 コメンテーターには宗教研究と文学研究を架橋する実践者である中西恭子氏を迎え、討議を行いたい。

◆ 連絡先 近藤光博 fwih3395@mb.infoweb.ne.jp またはツイッター @mittsko

◆ 主催:「宗教・イメージ・想像力」研究会/エコノミメーシスR&D   
オーガナイザ: 茂木謙之介/橋迫瑞穂

塚本邦雄展に行ってきました(北上・日本現代詩歌文学館、2016.3.19-6.5)

文学 展示

 北上の日本現代詩歌文学館塚本邦雄展を見に行きました。没後10年回顧展です。

 塚本邦雄旧蔵書・旧蔵音源映像資料と本人直筆原稿・書簡ほか関連資料は死後散逸の危機を免れました。日本現代詩歌文学館に所蔵されているもののほか、ご子息の塚本靑史氏が保管している遺品も多数あるとのことです。今回の展示はこのなかから厳選された出展品を通して、塚本邦雄の人となりと作品世界をデビュー以前から晩年までの時系列に沿って同時代の文学史のなかでの位置に照らして紹介するものです。

 コンパクトな展示ですが、じっくり見ると1時間半はかかります。限られた空間と出展点数のなかで塚本邦雄の魅力を余さず伝えるよい展示です。企画にあたられた関係者のみなさまそして学芸員のみなさまのご尽力にひたすら頭が下がります。

 展示室中央のインスタレーションが出色です。緑色万華鏡光が床に投影され、その上に塚本邦雄の代表作を印刷した透明アクリル板の短冊が15本吊されています。

 

日本脱出したし 皇帝ペンギン皇帝ペンギン飼育係りも
突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼
暗渠の渦に花揉まれをり識らざればつねに冷えびえと鮮しモスクワ

も、もちろん掲出されています。

 緑は塚本の愛した色でした。万華鏡光は木漏れ日にも妖しい炎にも宝石のようにも見えます。作品を印刷したアクリル板の短冊はときにきらきらと、ときにしんとして透明です。新古今集的な美意識に立ち、言語によって幻をたちあがらせようとする営為は、現実の悲惨に相対して身のうちに燃え上がる憤怒や危機意識と深くかかわるものであったことが、このインスタレーションからも身近に感じられるでしょう。

 展示は「I 前史-『水葬物語』以前 1920-50」「II 『水葬物語』から『日本人靈歌』まで 1951-58」「III 『水銀傳説』から『感幻樂』まで 1959-69」「IV 『星餐圖』から『天變の書』まで1970-80」「V 『歌人』から『黄金律』まで 1981-91」「『魔王』から『約翰傳僞書』まで 1992-2005」の6部構成です。

 塚本邦雄が博覧強記のひとであって、巧みな象徴操作と句割れ・句跨がりの技法を用いて壮麗な作品世界を構築したことは知られるところです。歌人の役割は言語によって幻を現前させることだ、と喝破した塚本は、晩年に自身「變」と呼んだ詩境に到達します。現実の悲惨に対して強烈な疑義と韻律や象徴を用いた異化効果を提起することで「負」と「負」が掛け合わされて「正」となる境地の意です。この回顧展では、塚本の「變」の詩境が円熟に至り、やがて生のささやかさはかなさを短歌によって肯定するまでの道程を過度な思い入れや英雄化を排した展示で語ります。

 塚本邦雄歌人となる以前の、結社選びの悩みを実兄に相談する書簡も展示されていました。新古今的な歌風が自らの資質だということも、新古今的な作風のある結社に入ったほうがなじめることもよくわかっている。けれども万葉的なますらおぶりの範型に自らを流し入れて鍛えなければならないのではないか。第二次世界大戦下のことです。そんな悩みを若き塚本邦雄も抱えていたのか。改めて時代を思いました。

 夭逝の天才歌人・杉原一司と切磋琢磨しつつ励ましあいつつ展開した歌誌『メトード』の活動。岡井隆寺山修司らとの出会いと前衛短歌運動。装幀の魔術師・政田岑生との稀覯本制作活動。そして晩年の「變」の詩想の結実。要所要所で選択を誤ることなく、のびのびと才能の翼をはばたかせ、歌人としての円熟へと向かう過程がいずれもデタッチメントと愛情と敬意にあふれる展示で語られます。歌稿ノートのなかの代表作・代表作の原型が記された頁、塚本邦雄歌人人生の転回点に交わされた書簡、自作揮毫作品と刊本・関連資料の配置もたいへん的確です。1970年代以降における政田岑生デザインの稀覯本や直筆袖珍本は歌魂絢爛たる「負数の王」としての塚本邦雄ブランドが確立されていたからこそ制作・刊行できたことがものを通して伝わります。

 塚本邦雄が生きた時代は手書き文化の時代でもありました。塚本邦雄が毎年膨大な数の短歌を制作してはB4判(?)縦書きの原稿用紙あるいは縦罫用紙に歌稿ノートとして清書し、厳選に厳選を重ねて代表作たるべき歌集収録作品を選んでいたことがわかります。細いペン先で書かれた几帳面な筆跡から、自作を記録に遺そうとする断固たる意志も偲ばれます。図録目録からは年単位で歌稿が整理されていたことが伺えますが、実態をより詳しく知りたいところです。歌稿ノートのファクシミリ化、歌稿ノート収録作品の刊本化や電子化・データベース製作など文献学的研究に向けた整備がなされてはじめて本格的な塚本邦雄研究がはじまるでしょう。

 各時期の塚本のポートレイト写真も掲出されています。丸めがねに蝶ネクタイ、服装のセンスも洒脱です。スピーチと自作朗読の音声も聞けます。声質と語り口は闊達で、暖かみとユーモアと韜晦にあふれています。塚本邦雄本人によるあのユーモラスな、自作の詩魂玲瓏たる世界をどこか突き放すようにとぼけて闊達な朗読やスピーチを聴いてしまったら、塚本邦雄作品が脳内に音声で再生されるときの印象がかなりかわって感じられるかも知れません。新鮮な発見があります。

 塚本邦雄は音楽や映画にも通じた人でした。音源鑑賞会(「レコード・コンサート」)も主催し、1975年にはシャンソン随筆集『バラ色のゴリラ』も上梓しています。クラシック音楽やシャンソンを録音したカセットテープがおよそ1000本、映画を録画したヴィデオテープが800本ほど遺されているとのことです。その一部も今回展示されています。幅広い選択眼、そしていかにも塚本邦雄らしいラインナップで、彼の映画と音楽観の素顔を知る上でも今後内容の分析が待たれる物件です。健康な知的美的好奇心の持ち主であったことも伝わります。

 図録も充実。篠弘・日本現代詩歌文学館館長を筆頭に、岡井隆・馬場あき子・佐佐木幸綱・安森敏隆・永田和弘・小黒世茂・藤原隆一郎・江畑實・坂井修一・加藤治郎各氏がエッセイを寄稿しています。塚本邦雄と青春の志を共有した人々の貴重な証言が読めます。展示解説は島内景二氏が担当。塚本青史氏選による塚本邦雄秀歌鑑賞(尾崎まゆみ・阪森郁代・林和清・森井マスミ各氏が鑑賞文を担当)と百首選、物部鳥奈さん作成による略年譜も収録されています。図録で関心をお持ちになったみなさまには強く訪問をお勧めします。実見してはじめてわかることもあります。
 図録の目次が笠間書院ブログに掲載されています。詳しくはこちらをどうぞ

 
 今回は歌人としてのライフコースと短歌に焦点を当てた展示でしたが、塚本邦雄の小説作品や歌論、そして盟友たちとのさまざまな文学運動を扱う展示も今後期待されます。 

 

 ところで今回は法事の帰りでしたが、両親も「見たい」というので車に乗せて行ってもらいがてら案内しました。短歌を作らないひとでも、書道なり文人の生き方なり、関心を持てる糸口がさまざまに発見できる展示だったようです。案内してよかった。家族や身近な大切なひとに詩歌の良さを伝えたくて伝えそびれているみなさん、もし可能であればご一緒にごらんになるのもおすすめです。やはり日本語短詩型文学の伝統に根ざした刷新を試み、世界文学につらなる威信ある表現を構築した人の仕事を見ることで伝わるものが確実にあります。言語と調べの冴えと象徴に託して真実を射抜く美意識に貫かれたたゆみなき歌人の歩みに背中を押される思いでした。所属結社に玲瓏を選んでよかった。

 会期は6月5日までです。第2週までだったら西洋中世学会ついでに寄れたのに。いずれ機会があれば塚本邦雄旧蔵書・旧蔵音源映像資料・歌稿ノートについて詳しくうかがってみたいと考えています。


 なお、密林堂に塚本邦雄の作品集のうちいま比較的入手が容易な書籍をブラウズできる頁ができています。密林堂の手にかかるとこんなレイアウトになるのか。リンクを貼ってみました。
 塚本邦雄は百首選の名手でした。講談社文芸文庫にも各種収録されています(『花月五百年』は二百首選。『王朝百首』は電子版あり)。

評伝なら塚本靑史『わが父塚本邦雄』(白水社、2014)をまずはどうぞ。
歴史小説を手がけるご子息だからこそ伝えられる塚本邦雄像、そして貴重な逸話の数々。好著です。

初期塚本邦雄に特化した評伝なら、楠見朋彦『塚本邦雄の青春』(ウェッジ文庫・ウェッジ、2009)もぜひ。
 もちろん気合いを入れて読みたいみなさんには全集(ゆまに書房刊)をご覧になることをおすすめしますが、なにぶんにも高額です。最初に塚本作品を読むなら島内景二選・解説『塚本邦雄』(コレクション日本歌人選・笠間書院、2011)をぜひ。塚本邦雄に短歌を師事した日本文学者ならではの選と解説です。現在おそらくもっとも入手が容易な塚本邦雄アンソロジーです。
国文社現代歌人文庫版の『塚本邦雄歌集』(1988)、『続 塚本邦雄歌集』(1998)、齋藤愼爾・塚本靑史編による追悼特集『現代詩手帖特集版 塚本邦雄の宇宙―詩魂玲瓏』(思潮社、2005)も比較的入手が容易です。
私は思潮社現代詩文庫版の『塚本邦雄歌集』(2007)が装幀も判型もすきなのですが版元品切れのようです。2016年4月2日現在、密林堂では中古のみで正価の2倍の価格がついていますが思潮社には在庫あり。お近くの書店を通してご注文ください。直接注文も吉です。hontoには配本がありますが紀伊國屋書店ウェブショップには配本がありません。拝啓思潮社さま紀伊國屋書店ウェブショップと密林堂にもどうぞ配本をよろしくお願いいたします。

リマインダー:「古代ギリシャ・時空を超えた旅」展

展示 告知

みなさんこんにちは(こんばんは)。

6月、東京国立博物館平成館に「古代ギリシャ 時空を超えた旅」展が来ます。
(主催:東博ギリシャ共和国文化・スポーツ省、NHKNHKプロモーション、朝日新聞社、企画協力:東映、後援: 駐日ギリシャ大使館、協賛:日本写真印刷、三菱商事
ウェブサイトに詳細が出つつあります。
ウェブサイトフルオープンは3月14日とのこと。

www.greece2016-17.jp

東京での会期は6月21日(火)から9月19日(月・祝)まで。
月曜休館(ただし7月18日、8月15日、9月19日は開館、7月19日火曜日は閉館)。
9:30-17:00、土日祝日は18時まで、金曜日と7月8月の水曜日は20時まで開館、
入館は閉館の30分前までです。
ホームページの画像が動きます。酔いやすいかたは注意してあけてください。

東博のウェブサイトでの告知

www.tnm.jp

を引用します。
ギリシャの彫刻、フレスコ画、金製品などを展示します。新石器時代からヘレニズム時代までの各時代、キュクラデス諸島、クレタ島ほかエーゲ海の島々や、ア テネ、スパルタ、マケドニアなど、ギリシャ各地に花開いた美術を訪ねる旅に出発しましょう。ギリシャ本国の作品のみによるものとしては、日本初の大規模なギリシャ美術展です。」
とのことです。

東京展の後は、長崎県美術館(10月14日(金)-12月11日(日))と神戸市立博物館(12月23日(金・祝)-2017年4月2日(日)へ巡回するとのことです。