ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

Spellbound展(Ashomoleam Museum, 2018年11月4日)

オクスフォード大学アシュモリアン博物館のSpellbound展を見に行きました。

www.ashmolean.org

トレイラーはこちら。

youtu.be
第4層(3rd floor)の企画展フロアをいっぱいに使ったコンパクトな展示ですが、じっくり見ると2時間半はかかります。
エントランスの導入コーナーに19世紀から20世紀初頭にかけての「魔女封じ」の呪物を展示して、オーディエンスひとりひとりの心のなかの「魔術」「呪術」イメージに気付かせる語りかけが巧みです。
中世後期から初期近代のハルモニア占星術キリスト教呪術(特に恋愛関連の願掛けのためのお道具多し)。中世から現代におけるヴァナキュラー・レリジョン(二重信仰)としての呪術の営み。初期近代の魔女狩りから英国における魔女術令の廃止まで。この三部構成で英国の事例を中心に呪術をめぐる感受性と知の歴史が概観できます。
各パートに現代美術作家への委嘱作品も展示されています。

SPELLBOUND CONTEMPORARY ART | Ashmolean Museum

Harvey & Ackloyd, From Aether to Air
Katherine Dawson, Concealed Shield
Annie Cattrell, Veracity 1 & 11
の三作が展示されています。
Harvey & Ackloyd作品は半透明の結晶輝くカリウムミョウバンの人型を溶融硫黄と鉄でできた犬のようなダイモーン像が見上げるインスタレーション。中世後期の魔術思想を天上へのあこがれと地上的なものの対比で表現した作品とのことです。
Katherine Dawson作品は「魔女封じ」の煙突に着想したレーザー光線投影インスタレーション。見えるものと見えざるものの気配を闇と光線で描きます(コンテンポラリーアートに慣れているとそれほど怖くない)。体験映像が出ています(Thomas Hogben撮影) 。こんな感じです。

vimeo.com


Annie Cattrel作品は歴史研究者Malcolm Gaskillによる一連の「魔女」の悪魔化と火刑に関する研究に着想した作品で、炎であぶった木片へのドローイング作品(Veracity 11)と硝子に投影した炎の映像(Veracity 1)を配置するものです。火に浄化や精神のゆらめきのイメージを、木片へのドローイングと燃焼痕に焼かれる魔女の記憶を託すコンセプトで、フェミニストアート的なメッセージも感じられます。

美術作品としてのコンセプチュアルな構成意識が明確な作品で、いずれもあまり怖くはありません。

オクスフォード大学ピット・リヴァース博物館の所蔵品も、現在の宗教人類学の見地に照らした配置で多数出展されています。第1部の中世後期から初期近代パートにはジョン・ディーが使っていたという小さな水晶玉も展示されています(縁飾りの意匠がエレガント)。特に第2部、家屋の「魔女封じ」のために煙突の付近の空隙に封じ込められた靴や衣類や瓶などの遺物のおどろおどろしい存在感が圧巻です。これらの文脈に沿って展示することで身近な呪術的思考を歴史に照らして見直そうという意図が伝わります。
中世後期・初期近代パートに展示されていた「大宇宙と照応する人間(macrocosmic man)」の図や、ハルモニア占星術の宇宙図と対応する「天体の音楽」の旋法論・音律論を体感させるインタラクティヴ型音楽体験装置が最高です。ゆるやかな旋法のうつりかわりと宇宙のハルモニアのイメジャリが浮遊感ある歌とともに体感できます。
21世紀に入ってから刑務所での芸術療法の一環として作られたハルモニア的宇宙のタピスリも印象に残りました(この作品には明るいネオ・ペイガンやウィッカ的なイメジャリの痕跡も)。
第3部では、「魔女」のイメジャリの創出と退潮の過程が図像やマテリアル史料を通して紹介されます。家族や隣人との不仲や諍いが「魔女」の嫌疑へと展開されてゆく事例も複数紹介されています。17世紀の裁判記録や書簡の展示とともに、それらの史料から再構成されたレーゼドラマを聴かせるブースが圧巻です。19世紀の事例では、不仲の隣人を「魔女」として殺害した男性が殺人罪に問われる事件の新聞記事が紹介されています。
呪物の展示や「魔女」のイメジャリの創出の過程の展示、こちらのほうがよほど人間の異質なものの排除へむかう意志のなまなましい痕跡が見られてよほど怖いかもしれません。
展示の出口には魔女術令(1540年)の廃止のきっかけになった降霊術師ヘレン・ダンカンによるエクトプラズム演出事件(1951年)の経過が配されています。魔女術令に抵触するとして訴えられた降霊術師の裁判のさいの再現実験記録写真と、降霊術師が口から垂らしていた(!)エクトプラズム布をともに展示されております。降霊術は死者とせめてもう一度会いたい人たちに支持されており、たとえエクトプラズムが演出されたものだとしても魔女術としての断罪はナンセンスだという世論があったとのこと。ここに至るまでの語り口がみごとです。
常設展同様、解説も細やか。子供にも伝えようとする配慮が好ましいです。12歳以上対象で、呪術への洞察を深める記入式冊子も配布されています。日曜日に見に行ったためか親子連れ多めでした。おとうさんおかあさん子供達にきっちり説明なさっている方々多数、オクスフォードの学員が思わず子供を連れてきたくなる展示設計と拝察しました。
図録は展示全体の意図を解説するスタイル。買って読むと復習になります。会期は2019年1月6日までです。