ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

《舞台刀剣乱舞 維伝 朧の志士たち》(2019年12月21日、赤坂ACTシアター、ソワレ)その参 紅白鳥太刀とむっちゃんはかわゆい

その弐からのつづきです。

刀剣男士諸君の剣格の話をしましょう。

人々に親しまれる神話伝説の登場人物がそうであるように、基本設定と寓意性がソリッドでキャラクターの余白と行間が広くて深い世界設定と拝察します。着想源へのリスペクトあってこその物語世界です。

きらきらしい刀剣男士と和装の歴史人物がごく自然に同じ舞台に立っています。2205年の幻想の未来の人が回顧する「付喪神」の姿という設定にはそれなりの説得力があります。しかも刀剣男士の剣となりがそれぞれにチャーミング。悪しきホモソーシャリティを想起させる可能性を注意深くあたうかぎり排した設定も慧眼でしょう。彼らはそれぞれに元の持ち主とのエピソードから形成されたペルソナを備えており、着想源となった刀剣を想起させる容姿を与えられています。「付喪神」といえどもカミはカミ、使命を負って気性もすがたもきらきらしい刀剣男士たちが群れ集っているのを見るだけでも心が洗われるよう。ペルソナの受肉とはこのようなことかと思います。情熱的なファンダムが生まれて全国の博物館に刀剣展示ブームが到来したのもうなずけます。

 

なかでも「ふるき魂」の鳥太刀二振り、鶴丸国永と小烏丸が大変良いです。二振りとも両性具有的で殺陣も艶麗、特に「刀剣男士の父」を自称する小烏丸の優雅で妖艶で煌びやかなクィアネスにしびれます。もの優しげで軽やかな所作と涼やかなお声、立ち姿はやまとのヴェルヴェット・ゴールドマイン、太刀を持たせれば倭をぐな。父性と両性具有性とを兼ね備えて古代の春を近代に生きようとした折口信夫の分け入った世界を思い浮かべずにはいられません。(小烏丸の形態模写がしたい。小烏丸の舞台写真のアイメイクを凝視してオマージュメイクはできないものかと考えました。)

銀髪と銀色のかった瞳、ふわりとしたフード付きの白装束に身を包んだ鶴丸は小鳥丸よりももうすこしマスキュランな感じのするキャラクターなのだけれど、姉御肌のトリックスターの側面も兼ねそなえています。南海太郞朝尊の時限爆弾づくりに協力するさいのコミックリリーフぶりや、「ねえねえ、刀剣男士い、仲良くしよう?歴史守ろう?」の台詞にはたのもしい愛嬌すら感じられます。審神者のおねえさんの言いたいことを言ってくれるね、おぬし。彼らの軽やかさは永遠に若い古い魂たちならではの軽やかさでしょう。
「最後の刀たち」が「最初の刀たち」に対比されます。狩衣風の和装の和泉守兼定と近代軍の礼装風の洋装に身を包んだ堀川国広、いずれも土方歳三の愛刀の「付喪神」です。刀剣の時代の掉尾を飾るダンディズムを貫こうとする和泉守兼定の「かっこよくなければ俺ではない」のセリフにまったく違和感がありません。堀川くんに扮する俳優は10代とのこと、まっすぐにけなげで先輩たちに愛される剣格の演技に時分の花を感じさせます。

今回の刀剣男士側の「センター」は陸奥守吉行。むっちゃんと呼ばれて親しまれています。龍馬の愛刀の付喪神だけにペルソナの造型が底抜けに明るく、「付喪神」ならではの忠実さがと人懐こさがそこに加わります。彼だけが短銃を使います。舞台版ではむっちゃんを演じる蒼木陣さんと龍馬役の岡田達也さんの演技のシンクロニシティがみごとで、まさに魂のはらからのよう。見ているうちに彼をいとおしさをこめてむっちゃんと呼ばずにはいられなくなります。ブラウザゲーム版では彼を「初期刀」(最初の旅の仲間)に選べるらしい。もしも以蔵さんのニヒルな愛刀・肥前くん(後述)を龍馬が持ち続けていたらきっとむっちゃんのように土佐の黒潮を背景に朗らかに笑う底抜けに明るい性格になっていたかもしれない。この想定にもユーモアが滲みます。

刀剣男士と「朧」の世界の元の持ち主との決闘場面の殺陣の振り付けがまるで死に至るデュエットを見るようです。しかも見せ方が湿っぽくない。果たし合いに向かう着火点の動機も正当性があって明確、葉隠ものにありがちな湿った情緒がいっさいないのが好ましいです。

とはいえ龍馬の遺恨によって召喚された「朧」の世界を閉じるためにalter egoと刺し違える悲劇は、むっちゃんの場合がもっとも深いでしょう。朧の世界の以蔵くんも武市先生も東洋御大も斃れた幕切れ近く、むっちゃんはようやく姿を現した「朧」の龍馬を倒すために、同じ刺し違えるのならどうか真剣勝負で闘ってほしい、と頼み込みます。このひたむきさがむしろいとおしい。この場面からの長い殺陣のsequenceが悲痛なまでに鮮やかです。見ていて左目からいつか涙があふれながれて止まりませんでした。

 

いよいよ武市先生と南海先生の喚起する崇高でゴシックな想像力の話をしなければなりません。

つづきます。