ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

《舞台刀剣乱舞 維伝 朧の志士たち 東京凱旋公演》(2019年12月21日、赤坂ACTシアター、ソワレ)その壱

《舞台刀剣乱舞 維伝 朧の志士たち》東京凱旋公演を見ました。
ブラウザゲーム未修で『刀剣乱舞』シリーズの舞台は初見です。

ブラウザゲーム刀剣乱舞』というハイコンテクストな主題を着想源とする商業演劇シリーズに、パブリック・ヒストリー主題の多重宇宙型歴史創作メタフィクションを織り込む手堅いゴシックホラー。おそるべき舞台です。
まず末満健一さんによる脚本・演出がすばらしい。歴史主題のフィクションやメディア作品に現在の歴史研究者が向けるときに冷酷なまでに厳しいまなざしもよくご存じとお見受けします。その上で「正史」のかたわらに無数に湧き出す無数のifや物語からなる「朧」の世界とのかかわりや想像力のゆくえを問う巧みな戯曲でもあります。ブラウザゲーム版のキャラクターが語る台詞の引用と疾走感ある華麗な殺陣を必須要件とするエンターテインメントの枠組みのなかでそれがじつにチャーミングに達成されています。なかなかこうは書けません。
刀剣乱舞』シリーズじたいの世界観設計が、幕末に至る名剣の付喪神の顕現としての「刀剣男士」と彼らを率いる「審神者」(ブラウザゲーム版のユーザ、作品世界の「読者/観衆」)のかかわりを枠組みとして語られるもので、アニミズムシャーマニズム的世界観をオーディエンスが抵抗なく共有していることがまず作品世界理解の前提にあります。『刀剣乱舞』の作中世界では、「刀剣男士」たちは歴史の「改変」を恐れる時の政府の命を受けて、「審神者」を介して、2205年という(21世紀初頭の我々にとっては手が届きそうで届かない)未来から歴史の「改変」を阻止するために歴史の分岐点に派遣されます。この世界はさらに、「審神者」と「刀剣男士」たちの待機する「本丸」が「審神者」の数だけ無数にあるという設定に支えられています。読者/観衆の想像をさまざまに喚起するオープンシステムでもあるのでしょう。

情報を積載可能量の上限まで積みに積み込んだ熱量の高い舞台でもあり、すべてのモティーフをあまさずとらえようとして1シーズンに複数回劇場通いを試みる熱心な観衆の多さもおおいにうなずけます。

もし坂本龍馬土佐藩を脱藩せず、同胞を見捨てずに故郷に留まっていたら、どんな未来が土佐にあっただろう。そのような思いをもし、武市瑞山武市半平太)と岡田以藏の死を知った龍馬自身が抱いたなら。この想定のもとに《維伝》の物語は展開されます。作中の龍馬の慟哭と遺恨が召喚した「朧」の世界のなかの、想念が実体化するあってはならないディストピアとなった土佐、つまり土佐勤王党が恐怖政治を敷く「放棄された世界」の霧を祓うために、2205年の未来から刀剣男士が1863年の分岐点に派遣される物語です。

 

歴史人物役を1990年代の小劇場演劇文化の影響圏で修業を積んだ俳優が担当するのも、かつて女子学生の嗜みとして小劇場通いに勤しんだ記憶のある者としてはたいへんに嬉しいことでした。
岡田達也さんの底抜けに明るく気宇壮大で心のあたたかい坂本龍馬がじつにすばらしい。実年齢より20歳近く若い役を演じてまったく違和感がない。彼が舞台の上に現れるだけで場が明るく照らされて和むのです。さすがです。そして唐橋充さんの華やかに艶やかで底なしに懐の深い、刀剣男士諸君すら呑み込んでしまいそうな吉田東洋と、神農直隆さんのときに青く燃える炎のように、ときに遠い雪嶺のように端正でうつくしい武市瑞山。このお三方がやはり圧倒的にうまい。

神農直隆さんは今回はじめて殺陣のある役を演じられるとのことでしたが、これがまたとてもはじめてとは思えないすばらしい立ち回りでした。さすが、新国立劇場の『骨と十字架』で、代役での登板が決まって二週間であの玲瓏たるテイヤール・ド・シャルダン像を宛て書きレベルでその身に召喚した人です。

歴史人物サイドにはさらに、熱誠をもって武市瑞山を師と慕う昏い目の暗殺者・岡田以藏役の一色洋平さんが加わります。からだの重みを存分に生かしてなお常人離れして敏捷な殺陣の所作が、狂戦士・以藏の人物造型に鮮やかな説得力を与えます。
きらきらしい和風グラムロックふうの装束をまとった刀剣男士と、渋い配色の和装の歴史人物がまったく違和感なく舞台の上に共存しています。この刀剣男士それぞれのキャラクター造型が男子のまっすぐな純情をじつに魅力的に描き出すもので、群れ集う彼らを見るとなにか心が洗われるようです。殺陣は疾走感も気品もともに備えて華麗、ほぼ無窮動状態で動きつづける街や建築物の装置を動かしながらの殺陣アンサンブルの皆様の所作も雄渾。どこかでバランスを欠けば糸がふつり、とほつれてしまいそうな緊迫感に貫かれた舞台で、時代劇や大河ドラマの合戦シーン規模では満たされない殺陣ファンの渇望を満たすものがあるかもしれません。ブラウザゲームのファンダムの外にも大きく開かれた舞台と拝察します。

冒頭で「正史」の概略が紹介されますし、劇中での世界観解説も明快です。歴史ものに眼の肥えすぎた観衆にも、『刀剣乱舞』シリーズ初見者にも優しい。
今回はその史実紹介部分の開幕5分で岡田以藏が斬首され、武市瑞山切腹します。ステージの両端に煌々とスポットが落ち、白い光に照らされて盟友・龍馬の助けを求めて悶え苦しむ以藏さんと端然と白装束に身を包んで自刃に及ぶ武市先生が対置されます。
師弟関係にある武士どうしの最期を描くにあたって、『葉隠』ものにありがちな昏く湿った情念と感傷のいっさい入る余地のない演出です。清潔感もあって非常に好ましい。これは信頼できます。

 

つづきます。