ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

《舞台刀剣乱舞 維伝 朧の志士たち》(2019年12月21日、赤坂ACTシアター、ソワレ)その弐

《舞台刀剣乱舞 維伝 朧の志士たち》をブラウザゲーム版未修、『刀剣乱舞』シリーズの舞台初見でみた感想と考察です。歴史学の訓練を受けた経験のある宗教学徒としては、もろもろ応答責任のある舞台であるような気がしています。 以下、おぼえがき的に。
(その壱からのつづきです)

シノプシスおぼえがき

ときの「政府」から「本丸」に発された、「放棄された世界」となった文久3年の土佐藩への出動命令を受けて、最古の鳥太刀(鶴丸と小烏丸)、坂本龍馬の愛刀(陸奥守吉行)、土方歳三の愛刀(和泉守兼定堀川国広)の付喪神らが刀剣男士体となって「出陣」する。
「朧」の世界に到着した刀剣男士たちは「朧」の世界の坂本龍馬に匿われる。龍馬は陸奥守吉行のなかにalter egoを見いだす。よさこいを歌い踊って酒盛りをするもつかのま、土方歳三脇差付喪神堀川国広が街の異変に気付く。街は生きているかのように刻々と動き、無数の眼に見つめられている。ここでは暗殺されたはずの吉田東洋土佐勤王党を率いて恐怖政治を敷いている。「朧」の世界で吉田東洋に助言を与えているのはおそらく武市瑞山(武市半平太)で、武市自身はいっさい手を汚さずに岡田以蔵に暗殺を命じている。以蔵は武市への熱誠から命じられるままに人を斬りつづける。
岡田以蔵の愛刀の付喪神肥前忠弘と武市の刀の付喪神・南海太郞朝尊が現れる。肥前高広は岡田以蔵とたちまち意気投合する。南海太郞朝尊は「時間遡行軍」の残骸を材料に、この「朧」の世界を作り出した「朧の人」と、「朧」の世界の解体を妨げる「時間遡行軍」捕獲用の罠として時限爆弾を作る。
「朧の人」はなかなかつかまらない。武市の信頼を求めてひたすら暗殺者として荒れ狂う岡田以蔵の身体能力は刀剣男士の力を超えていた。吉田の発言から、この時空にはかつて何度も刀剣男士たちが訪れて「修復」を試みたが、そのたび「朧」の世界の住人に敗れて去っていったことをきかされる。「朧」の世界でも龍馬は懸命にかつての同胞をかばうが、南海太郞朝尊はついに時限爆弾を作動させる。以藏が、武市が、吉田東洋が異形の姿で現れ、「朧」の世界のペルソナと本来のペルソナもまだらに遺恨を告白する。肥前忠弘が、南海太郞朝尊が、それぞれのもとの持ち主と刺し違える。ラスボスは吉田東洋である。もし龍馬が生きていたらあの交渉力で戊辰戦争だって回避できたかもしれないのに、と告げられて和泉守兼定は憤激、陸奥守吉行の拳銃で吉田を撃つ。ついに龍馬も異形の姿で現れ、数々の暗殺に手を染めたとして処刑された以藏と、その教唆者として自刃を命ぜられた武市の死を書簡によって知った脱藩後の自身の遺恨がこの「朧」の世界を生み出したのだと語り、陸奥守吉行と刺し違える。

「朧」の世界の文久土佐藩坂本龍馬が脱藩せず、武市瑞山の進言によって吉田東洋土佐勤王党の盟主となって恐怖政治を敷く時空。歴史にifはない、というけれど、あってはならないゆきどまりのifとして在る世界、過去に刀剣男士が修復に訪れて果たせなかった世界であることが作中で明らかにされる。

*もろもろ見落としがあるかもしれません。初見時には武市瑞山が南海太郞朝尊の時限爆弾を浴びて異形のもの(白塗り銀髪の和洋折衷スタイルの騎士(?)のようなもの、モノクロームゴスゾンビ)として登場した時点でぼうぜんとなりました。いままで端麗な和装に身を包んだ武市先生までなんてことに、「朧」の世界の住人は幕末ゴスメタルバンドでも組むつもりなのか、と一瞬思いましたが、ここは笑うべき場所ではないのでただ呆然。そしてみんな「朧」の歴史人物は南海太郞朝尊の時限爆弾を浴びてモノクロームゴスゾンビになっていった(後述)。

世界観おぼえがき:基本設定

・23世紀初頭。さまざまな理由によって生じる過去の改竄や時間線分岐の気配を「本丸」が察知すると、「本丸」に待機する「刀剣男士」がその時点に派遣されて「正史」への修復を行うシステムのある世界が舞台にある。

・それぞれの「刀剣男士」は刀の付喪神でもあり、もとの持ち主の性質が投影されている。彼らが赤身をまとうことを「顕現」とよぶ。舞台版ではもとの持ち主と刀剣男士のえにしが演技で細やかに表現されている。

・『刀剣乱舞』サーガは無数に増殖するオープンシステムでもある。プレイヤー(オーディエンス)は「審神者」でもある。「本丸」は(プレイヤー/オーディエンスの数だけ)無数に存在する。

・「審神者」による「付喪神」の召喚と使役という、アニミズムシャーマニズムの世界把握がオーディエンスに共有されていることを前提に設計された豊かなオープンシステムでもある。「本丸」の数だけ物語は存在する。創作された物語の枠組みのなかで無限に解釈の可能性を遊ばせる宇宙によりリアルな手触りのある神話性を感じるという日本のポップ・スピリチュアリティの一端をみる思いがする。

・「刀剣男士」が派遣される改変された過去の時空には、「歴史修正主義者」の送る「時間遡行軍」がいて「刀剣男士」の修復活動を妨害している。両者の戦闘は剣術で行われる。例外は坂本龍馬の愛刀の「刀剣男士」体である陸奥守吉行。彼だけは短銃も使う。

・「時間遡行軍」には、レプリカであるがゆえに明確な剣格をもたない(?)ダークサイドに落ちた刀剣男士も加わっているようだ。「まんばちゃん」(山姥切国広)が現れ、「物語をくれ、もっと物語をくれ、織田信長の物語を、徳川家康の物語を、伊達政宗の物語を…」と独白する。もとの持ち主との絆に由来する物語が付喪神としてのペルソナを培うようだ。

・作中世界の「政府」が恐れるものとはなにか。
2205年の未来を起点として遡上する『刀剣乱舞』サーガ世界における「歴史修正主義者」の概念は21世紀の歴史学徒が想定する定義(特定の政治的立脚点を補強するための史実・史観の捏造改変および負の歴史の否認)も含みつつ、もっと広いようだ。もしかすると史実のfringeとして無数に生じる物語世界や、死者の遺恨が幻視するありうべからざるディストピアまで敵視する未来であるのかもしれないし、21世紀には軽んじられた歴史物語すら「正史」に入る未来なのかもしれない。さまざまな想像が喚起されるけれど、ここは過去作品で「消された」世界がどのようなものであったのかを知るとよりはっきりと解釈が定まるのかもしれない。
この世界における「正史」の意味は、21世紀の歴史学徒が想定する定義よりももっと広いのかもしれない。歴史学者による文献学的研究のほかに、わたしたちが親しんでいる司馬遼太郎大河ドラマなどのポピュラー・ヒストリーの歴史物語が提示する英雄像はおそらく『刀剣乱舞』シリーズ時空の波打ち際にいる。

さらにつづきます。