ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

Anglo-Saxon Kingdoms展(British Library, 2018年10月28日)

学園祭休みとreading weekを縫って倫敦に文献調査で10日ほど滞在しておりました。
文化史展示のなかの宗教展示の意義に注目して展覧会を見ています。

大英図書館でAnglo-Saxon Kingdom展を見ました。

www.bl.uk
ゆっくり見ると4時間かかります。大英図書館中世写本部門とノルマン・コンクェスト以前を専門とする中世英国史研究者・歴史ジャーナリストの知力を結集した堅実な展示です。ローマ帝国の撤退以後の修道士たちのブリテン諸島伝道から『ドゥームズデイ・ブック』の編纂まで、いかに大陸とのつながりとともに英国文化が形成されてきたかを考えさせます。工夫の多い展示です。遺構付近の植生写真・風景写真を印刷した縦長のバナー状の図像や、史料のなかのキーフレーズの現代英語訳を随所に壁に配置してアイキャッチにするインスタレーション部分も見せ方が上手です。
『ダロウの書』『リンディスファーン福音書』のほか、現存する最古の『ベーオウルフ』写本や『ドゥームズデイ・ブック』など有名どころの写本も出展されています。『ベーオウルフ』の古英語版と現代英語訳、迫力ある説教者として名高かったウルフスタンの説教の古英語版と現代英語訳、11世紀のネウマ入り詩篇の試演例(ハルモニア・ムンディから出ている録音。平行オルガヌム風)も聴けるのがとても効果的です。
展示考証チームメンバーによる解説映像も充実。日本なら男性研究者多めになるであろうところ、女性研究者が自然な形で多数関わっているのも好感が持てます。
地中海沿岸西方の混乱を逃れてブリテン諸島に渡った教会と修道院の伝えた文化が、大陸と接点を持ち続けながら美と知のともしびを伝えてゆく。精緻な文様を書く技術を培った文化のなかに、様式美の制約のなかでパースの正確な人物像を描く技術が育ってゆく。そして古英語の書きことばが現れる。これらの過程が視覚的に実感できるのも感慨深いです。行間に古英語逐語訳を書き入れたラテン語聖書の写本や、古英語による聖書の翻案や注解書の翻訳などの試み、ネウマを書き入れた11世紀の詩篇写本に思わず胸が熱くなります。ボエティウス『哲学の慰め』、プルーデンティウス『霊の闘い』、セビリアのイシドロスなどの自然学関連の写本も出展されています。中世初期の人々が古代末期にそそぐまなざしをまのあたりにする思いでした。
会期は2019年2月19日まで。2月の出張のときにもう一度見られればと思います。図録も充実、とてもおすすめです。

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