ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

小澤高志さん追悼・ルネサンス大舞踏会に行ってきました(4.15)

こちらではたいへんごぶさたしておりました。そろそろこちらでも有機的にツイッターフェイスブックとの連動運用を心がけてみたいと思いまして、戻って参りました。
およそ一年ぶりとなりました。みなさまのご期待に応えてホッキョクウサギ日誌を再開します。まずは古楽の話からです。
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4月15日、小澤高志さん追悼ルネサンス大舞踏会に一般参加者として踊りにいってまいりました。昨年四月に急逝された日本の西洋古典舞踊家の草分けの追悼の会です。
小澤さんとは生前、古楽のご縁をいただいておりました。
昭和のホワイトキューブ空間・日暮里ラングウッドホテル内サニーホール(大ホール)がダンスフロアになっていました。
故人にゆかりのあったプロフェッショナルの舞踏家と師事歴長いお弟子さんたちによる16世紀・15世紀舞踊の献舞と、2回の事前練習会(ワークショップ)に出席した一般参加者も加わっての「大舞踏会」の三部構成でしたが、ここではおもに私も参加した第三部の感想を書きます。当日あいにく貧血気味で献舞をしっかり見られなかったのがかえすがえすも残念です。
プロフェッショナルの舞踊家や師事歴長いお弟子さんたちから、私のような踊りはあまり得意でない超初心者まで、故人が結んだ縁につらなる人々を可能な限り多く集めて一緒に踊る企画だったのがたいへんよかった。故人が愛した古典舞踊の核にある踊る喜びを体験しようとの趣旨で、故人のあたたかく懐の深いお人柄を彷彿とさせる会でした。ダンスマスターの武田牧子先生、主催者のみなさま、ご遺族のみなさまの大英断あってこその会だったと思います。
ともかくもバンドメンバーが超豪華。ヒストリカル編成で考えられる限りの大編成で、素朴な音色で典雅にして剛毅な音楽が立ちのぼるのが実にたのしい。なかでもアンジェリコのサックバット隊と立岩潤三さんのパーカッションが最高です。斉藤ひとみさんのハープと佐藤駿太さんのヴァイオリンが間近で聴けたのも素敵でした。

スポーティな現代装で参加できるダンスのワークショップとは違って、観覧者も入っての古典舞踊の会ですから、一般参加者としてもやはり衣裳の準備が思案のしどころでした。
私は今後着る機会があるかどうかわからないルネサンス衣裳を創る決断がつかず、手持ちのシビラのシフォンのマキシ丈スカートを裳部分に、クラスカのシルクのプルオーヴァーをトゥニカ部分にして、歌詞翻訳の謝礼でいただいたシフォンのロングストールをトガのように羽織って簡易古代末期装にし、文藝復興へのオマージュを衣裳で表現したつもりで参加しました。なんだNにし結局古代ローマ人なんじゃん、というツッコミはなしで!婦人服のシルエット自体は4世紀から12世紀くらいまでわりとざっくりとこうAラインですよね(ざっくりしすぎ)。
女性陣にはまさに本気!の貴婦人風時代装束のかたも大勢いらっしゃり、13世紀スタイルから1950年代スタイルまで各時代楽しめて実に眼福でした。19世紀スタイルではスチームパンクや『大草原の小さな家』の晴れ着風の方も。ドレス文化のない日本で20代のみなさんが手持ちの現代装ワードローブから衣裳を工夫して参加していたのも印象に残りました。みんなけなげだ、これからたくさん工夫の余地があるよ、と思わず涙が出そうになりました。もちろん気合いの入った自作の方も。18世紀ドレス自作のかたとエメラルドの魔女風自作衣裳のかたに制作の秘密をうかがってみたかったです。
小澤さんのおくさまの黒いローブ姿は威厳があってとってもエレガントでした。舞台前方に花とともに椅子の上に打ちかけてあった小澤さん遺品の帽子とお衣装とペアだったのですね。しみじみしました。
男性陣・男装陣では本気の時代装束の方から吟遊詩人コスの方や現代装束のかたまでいろいろで興味深かったです。
武田牧子先生の男装もすっごく軽やかでチャーミング。サフランイエローのダブレットとキュロットにサフランパープルの短いマントでさすがプロフェッショナル。思わず女性参加者で先生を囲んで「先生かわいい~」を連発してしまいました。自分が女学生マインドをもったまま中年になってしまった人であることを実感。
ヘンリー八世風装束一式をお召しの歴史ずき風の方もおいででした。なにより印象的なのは古典舞踊家・聖笙和先生の衣裳と舞台化粧と挙措までばっちり決まって現身の世界にふわっと浮き出てきたダンスの妖精のようなたたずまいでした。
普段モダン楽器中心に活動していて服飾がすきで現代装のボールルームガウンに飽き足りない者としてはめくるめく世界の扉をあけてしまったような気持ちになりました。婦人ものの時代装束がともかく絢爛豪華で男装のたのしみもある。自作なさるかたもいらっしゃるそうです。さらに衣裳事情が知りたくなりました。
今回のレパートリーはパヴァーヌアルマンド・ガイヤルド・ブランル・ファランドールの基本形とその応用で、踊り自体の動作ひとつひとつはそんなに難しくないですし、踊ってはじめて西洋音楽史上のさまざまなレパートリーとの結びつきが体感される点も多かったです。踊りは地元の盆踊りと高校のダンスの授業以来かもしれない私でもわりとたのしく踊れました。
たとえば最後のファランドールで横に手をつないで列がぐるぐるとぐろを巻いたりほどいたり列の先頭のダンサーがつないだ手と手の下をくぐったりするのもじつにたのしい。一度手を離すとどこへ行ってしまうかわからない踊りでもあって、なるほどあのビゼーカルメン》の《ファランドール》にはそんな含意もあるのかと改めて驚きました。ラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ》もきっとあのテンポでじっさいにステップ踏んで踊れるはずなので機会があれば試してみたいです。
ただ、お手本を一回見ただけで的確にステップと振り付けを覚えて宮廷舞踊にふさわしい貴族的な挙措を身につけるにはそれなりの身体能力と自主練習と強いなりきりの力が必要だと感じました。舞踏譜が読めるようになると分析的に振り付けをとらえることができるようになって練習の効率が変わってきそうです。詩の韻律と踊りのリズムのつながりにもアンテナをはっておきたいところです。
参加者の男女比は3:7くらい、女性陣はプロフェッショナルの舞踏家・音楽業界人・古楽愛好家、男性陣は音楽業界人・プロフェッショナルの舞踏家・長年の夫婦でダンスファン・古楽愛好家(と歴史ずき)という感じの環境でした。日本の儒教的に男女別文化がくっきりわかれた慌ただしい日常から瞬時にルネサンスの宮廷貴族文化に脳内タイムスリップするにはやはり貴種流離譚を内面化するなりきりの力がものを言いそうでした。
ルネサンス装束を日本人がつけて典雅な所作で踊るデモンストレーションにはまったく違和感がなく、たしかにキリシタンの世紀に西洋の文物がまさに日本に上陸したのだな、と腑に落ちるところも多々ありました。古典舞踊は西洋文化を理解するにもたいへん有益なのでぜひ同僚の中世学者・ルネサンス学者のみなさんにもお勧めしたいところですが、今回は武田先生と主催者・ご遺族のみなさまのあたたかいご配慮で初めて踊る人のためにも参入障壁を下げてくださったのだな、と胸に染みて理解できるところもありました。踊るのはほんとうにたのしいのでもっと参入障壁が下がるといいですね。
たとえばブリューゲルの農民の踊りを追体験する会とか死に神装束を着て集まってハロウィンにダンス・マカーブルを踊ってみる会があったら参加してみたいですね。
ともかく自主練セットでの1回か2回のお稽古ではなにかと至らない点も多い私のような初心者の踊り手も温かく迎えてくださったことに感謝します。お作法や礼法への洞察はきっと踊るうちに深まるのでしょう。私レベルでも行ける講習会があるのなら今後もぜひ習ってみたい、踊ってみたいと思います。良い経験になりました。
たくさんのひとのあいだに古楽と踊りの縁をむすんでくださった小澤高志さんに感謝と拍手をささげたいと思います。