ホッキョクウサギ日誌

古代末期地中海世界の宗教史、宗教学、詩と短歌と文藝評論とその周辺をめぐるよもやまばなし。

塚本邦雄展に行ってきました(北上・日本現代詩歌文学館、2016.3.19-6.5)

 北上の日本現代詩歌文学館塚本邦雄展を見に行きました。没後10年回顧展です。

 塚本邦雄旧蔵書・旧蔵音源映像資料と本人直筆原稿・書簡ほか関連資料は死後散逸の危機を免れました。日本現代詩歌文学館に所蔵されているもののほか、ご子息の塚本靑史氏が保管している遺品も多数あるとのことです。今回の展示はこのなかから厳選された出展品を通して、塚本邦雄の人となりと作品世界をデビュー以前から晩年までの時系列に沿って同時代の文学史のなかでの位置に照らして紹介するものです。

 コンパクトな展示ですが、じっくり見ると1時間半はかかります。限られた空間と出展点数のなかで塚本邦雄の魅力を余さず伝えるよい展示です。企画にあたられた関係者のみなさまそして学芸員のみなさまのご尽力にひたすら頭が下がります。

 展示室中央のインスタレーションが出色です。緑色万華鏡光が床に投影され、その上に塚本邦雄の代表作を印刷した透明アクリル板の短冊が15本吊されています。

 

日本脱出したし 皇帝ペンギン皇帝ペンギン飼育係りも
突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼
暗渠の渦に花揉まれをり識らざればつねに冷えびえと鮮しモスクワ

も、もちろん掲出されています。

 緑は塚本の愛した色でした。万華鏡光は木漏れ日にも妖しい炎にも宝石のようにも見えます。作品を印刷したアクリル板の短冊はときにきらきらと、ときにしんとして透明です。新古今集的な美意識に立ち、言語によって幻をたちあがらせようとする営為は、現実の悲惨に相対して身のうちに燃え上がる憤怒や危機意識と深くかかわるものであったことが、このインスタレーションからも身近に感じられるでしょう。

 展示は「I 前史-『水葬物語』以前 1920-50」「II 『水葬物語』から『日本人靈歌』まで 1951-58」「III 『水銀傳説』から『感幻樂』まで 1959-69」「IV 『星餐圖』から『天變の書』まで1970-80」「V 『歌人』から『黄金律』まで 1981-91」「『魔王』から『約翰傳僞書』まで 1992-2005」の6部構成です。

 塚本邦雄が博覧強記のひとであって、巧みな象徴操作と句割れ・句跨がりの技法を用いて壮麗な作品世界を構築したことは知られるところです。歌人の役割は言語によって幻を現前させることだ、と喝破した塚本は、晩年に自身「變」と呼んだ詩境に到達します。現実の悲惨に対して強烈な疑義と韻律や象徴を用いた異化効果を提起することで「負」と「負」が掛け合わされて「正」となる境地の意です。この回顧展では、塚本の「變」の詩境が円熟に至り、やがて生のささやかさはかなさを短歌によって肯定するまでの道程を過度な思い入れや英雄化を排した展示で語ります。

 塚本邦雄歌人となる以前の、結社選びの悩みを実兄に相談する書簡も展示されていました。新古今的な歌風が自らの資質だということも、新古今的な作風のある結社に入ったほうがなじめることもよくわかっている。けれども万葉的なますらおぶりの範型に自らを流し入れて鍛えなければならないのではないか。第二次世界大戦下のことです。そんな悩みを若き塚本邦雄も抱えていたのか。改めて時代を思いました。

 夭逝の天才歌人・杉原一司と切磋琢磨しつつ励ましあいつつ展開した歌誌『メトード』の活動。岡井隆寺山修司らとの出会いと前衛短歌運動。装幀の魔術師・政田岑生との稀覯本制作活動。そして晩年の「變」の詩想の結実。要所要所で選択を誤ることなく、のびのびと才能の翼をはばたかせ、歌人としての円熟へと向かう過程がいずれもデタッチメントと愛情と敬意にあふれる展示で語られます。歌稿ノートのなかの代表作・代表作の原型が記された頁、塚本邦雄歌人人生の転回点に交わされた書簡、自作揮毫作品と刊本・関連資料の配置もたいへん的確です。1970年代以降における政田岑生デザインの稀覯本や直筆袖珍本は歌魂絢爛たる「負数の王」としての塚本邦雄ブランドが確立されていたからこそ制作・刊行できたことがものを通して伝わります。

 塚本邦雄が生きた時代は手書き文化の時代でもありました。塚本邦雄が毎年膨大な数の短歌を制作してはB4判(?)縦書きの原稿用紙あるいは縦罫用紙に歌稿ノートとして清書し、厳選に厳選を重ねて代表作たるべき歌集収録作品を選んでいたことがわかります。細いペン先で書かれた几帳面な筆跡から、自作を記録に遺そうとする断固たる意志も偲ばれます。図録目録からは年単位で歌稿が整理されていたことが伺えますが、実態をより詳しく知りたいところです。歌稿ノートのファクシミリ化、歌稿ノート収録作品の刊本化や電子化・データベース製作など文献学的研究に向けた整備がなされてはじめて本格的な塚本邦雄研究がはじまるでしょう。

 各時期の塚本のポートレイト写真も掲出されています。丸めがねに蝶ネクタイ、服装のセンスも洒脱です。スピーチと自作朗読の音声も聞けます。声質と語り口は闊達で、暖かみとユーモアと韜晦にあふれています。塚本邦雄本人によるあのユーモラスな、自作の詩魂玲瓏たる世界をどこか突き放すようにとぼけて闊達な朗読やスピーチを聴いてしまったら、塚本邦雄作品が脳内に音声で再生されるときの印象がかなりかわって感じられるかも知れません。新鮮な発見があります。

 塚本邦雄は音楽や映画にも通じた人でした。音源鑑賞会(「レコード・コンサート」)も主催し、1975年にはシャンソン随筆集『バラ色のゴリラ』も上梓しています。クラシック音楽やシャンソンを録音したカセットテープがおよそ1000本、映画を録画したヴィデオテープが800本ほど遺されているとのことです。その一部も今回展示されています。幅広い選択眼、そしていかにも塚本邦雄らしいラインナップで、彼の映画と音楽観の素顔を知る上でも今後内容の分析が待たれる物件です。健康な知的美的好奇心の持ち主であったことも伝わります。

 図録も充実。篠弘・日本現代詩歌文学館館長を筆頭に、岡井隆・馬場あき子・佐佐木幸綱・安森敏隆・永田和弘・小黒世茂・藤原隆一郎・江畑實・坂井修一・加藤治郎各氏がエッセイを寄稿しています。塚本邦雄と青春の志を共有した人々の貴重な証言が読めます。展示解説は島内景二氏が担当。塚本青史氏選による塚本邦雄秀歌鑑賞(尾崎まゆみ・阪森郁代・林和清・森井マスミ各氏が鑑賞文を担当)と百首選、物部鳥奈さん作成による略年譜も収録されています。図録で関心をお持ちになったみなさまには強く訪問をお勧めします。実見してはじめてわかることもあります。
 図録の目次が笠間書院ブログに掲載されています。詳しくはこちらをどうぞ

 
 今回は歌人としてのライフコースと短歌に焦点を当てた展示でしたが、塚本邦雄の小説作品や歌論、そして盟友たちとのさまざまな文学運動を扱う展示も今後期待されます。 

 

 ところで今回は法事の帰りでしたが、両親も「見たい」というので車に乗せて行ってもらいがてら案内しました。短歌を作らないひとでも、書道なり文人の生き方なり、関心を持てる糸口がさまざまに発見できる展示だったようです。案内してよかった。家族や身近な大切なひとに詩歌の良さを伝えたくて伝えそびれているみなさん、もし可能であればご一緒にごらんになるのもおすすめです。やはり日本語短詩型文学の伝統に根ざした刷新を試み、世界文学につらなる威信ある表現を構築した人の仕事を見ることで伝わるものが確実にあります。言語と調べの冴えと象徴に託して真実を射抜く美意識に貫かれたたゆみなき歌人の歩みに背中を押される思いでした。所属結社に玲瓏を選んでよかった。

 会期は6月5日までです。第2週までだったら西洋中世学会ついでに寄れたのに。いずれ機会があれば塚本邦雄旧蔵書・旧蔵音源映像資料・歌稿ノートについて詳しくうかがってみたいと考えています。


 なお、密林堂に塚本邦雄の作品集のうちいま比較的入手が容易な書籍をブラウズできる頁ができています。密林堂の手にかかるとこんなレイアウトになるのか。リンクを貼ってみました。
 塚本邦雄は百首選の名手でした。講談社文芸文庫にも各種収録されています(『花月五百年』は二百首選。『王朝百首』は電子版あり)。

評伝なら塚本靑史『わが父塚本邦雄』(白水社、2014)をまずはどうぞ。
歴史小説を手がけるご子息だからこそ伝えられる塚本邦雄像、そして貴重な逸話の数々。好著です。

初期塚本邦雄に特化した評伝なら、楠見朋彦『塚本邦雄の青春』(ウェッジ文庫・ウェッジ、2009)もぜひ。
 もちろん気合いを入れて読みたいみなさんには全集(ゆまに書房刊)をご覧になることをおすすめしますが、なにぶんにも高額です。最初に塚本作品を読むなら島内景二選・解説『塚本邦雄』(コレクション日本歌人選・笠間書院、2011)をぜひ。塚本邦雄に短歌を師事した日本文学者ならではの選と解説です。現在おそらくもっとも入手が容易な塚本邦雄アンソロジーです。
国文社現代歌人文庫版の『塚本邦雄歌集』(1988)、『続 塚本邦雄歌集』(1998)、齋藤愼爾・塚本靑史編による追悼特集『現代詩手帖特集版 塚本邦雄の宇宙―詩魂玲瓏』(思潮社、2005)も比較的入手が容易です。
私は思潮社現代詩文庫版の『塚本邦雄歌集』(2007)が装幀も判型もすきなのですが版元品切れのようです。2016年4月2日現在、密林堂では中古のみで正価の2倍の価格がついていますが思潮社には在庫あり。お近くの書店を通してご注文ください。直接注文も吉です。hontoには配本がありますが紀伊國屋書店ウェブショップには配本がありません。拝啓思潮社さま紀伊國屋書店ウェブショップと密林堂にもどうぞ配本をよろしくお願いいたします。