ホッキョクウサギ日誌

なかにしけふこのブログ。宗教学と詩歌文藝評論と音楽と舞台と展示の話など。

ブリテン島メシまずワールドサバイバル法:途方に暮れているあなたへ

えっ、なんだって。
SNSブリテン島の食事がまずい、と嘆いたら同胞から「お前の舌がわるい」「選んだ店が悪い」と嘲笑されたって。
ああ、薄情だねえ。それはひどい話だ。
誰もが手頃なお値段で食べられるおいしい食事への道を調べ尽くして上陸するわけではない。
やむなく外食したさきで出てきた食事にテーブル備え付けの塩胡椒をかけてもどうにもならないことだってある。
あなたが責められる筋合いじゃない。
責めるほうに屈託があるだけの話だ。

確かに塩気がない、味気ない、ものを煮る時間が長すぎる、東アジア諸国のような「安くてそこそこうまい」は存在しない、美食の沙汰はカネ次第、ただし高いお代を支払ってもうんと美味しいとは限らない、と噂のブリテン島ごはんだけれど、知られざるプチプラメシにも弁護できるところが多々あるのが底知れなさだったりもする。

おいしいもの情報を共有すればすこしでも多くの人が幸せになるのに。
かの土地のめくるめくメシまずワールドに途方に暮れている人に、武運とおいしいものの神の加護がありますように。
そう願いつつ、ホッキョクウサギ日誌のなかのひとのメシまずワールドサバイバル法をはずかしながらお伝えすべく、このエントリを書きます。



日本でもいくつかレシピ本が出ているけれど、たしかにブリテン島のお茶請けになる焼き菓子はうまい。パウンドケーキとかビスケットとかもう素晴らしい。図書館や美術館・博物館など、大学・公共施設のカフェテリアで昼食代わりにたべた一切れのパイやタルトやクリームティーは心のなぐさめだった。ふところが決してあたたかくはない寄留者の書生生活をどれだけあかるく照らしてくれただろう。

ロンドンよりは地方のほうがおいしく、イングランドよりはスコットランドのほうがおいしい。ハギスはたぶん好みが分かれるところかもしれないが、グラスゴーB&Bでたべたスコティッシュ・ブレックファーストの手間を掛けて作られたとおぼしき食事の滋味は忘れがたい。
移民向け料理店・食材店のなかにはカラフルに光り輝くものがたくさんある。
外食で困ったら中華、東南アジア料理、中東料理、インド・パキスタンバングラデシュ料理をまずはお試しあれ。
ジューイッシュデリ・ベーカリーも楽しい。
ファラフェル~。フムス~。ファラフェル~。フムス~。
そしてケバブ~。ビリヤニ~。
思わずおいしいものの呪文を唱えてしまう。

スーパーマーケットで売っているEU各国から輸入されてくる素材も悪くない。
ぜひ眼力を鍛えよう。
調査のための短期滞在なら、自炊できる宿に泊まることを皆さんにお勧めしたい。
おいしいご飯をつくれる人のところへ行ければなおよい。
AsdaやTescoあたりの安売りスーパーマーケットで素材を買っても、ものを見分ける目があればそこそこ自炊は楽しめる。
最近は成城石井あたりでもみかけるようになったDorset TeaやYorkshire Teaで皆さんご存じかもしれないけれど、普段使いのものでもお茶はおいしい。
乳製品もおいしい。
こくのある牛乳、そして素朴ながら奥行きのある乳脂肪分の香りと舌触りが味わえるチーズ。私はイギリスでおいしいミルクティーの入れ方を覚えた。
肉製品だっておいしい。Marks and SpencerやWaitroseやSainsbury'sのグローサリーにぜひ行ってみてソーセージやハムを試してほしい。


Marks and Spencer

www.marksandspencer.com

やWaitrose

www.waitrose.com


そしてSainsbury'sのTaste The Differenceシリーズのお総菜やデザートもけっこういける。

M&SやSainsbury'sのレンジで温めるお総菜やパックのサラダにはどれだけお世話になっただろう。
図書館で一日文献を狩って疲れ切ってしまうと外食なんてとても考えられなくて、宿に帰ってレンジで温めるスープとパックのサラダで夕飯はおしまい、ということも珍しくなかった。冷凍食品ですら移民料理はうまい、はほんとうだった。懐が寒くてひとりぼっちで外食する勇気がなくてもカレーがおうちで楽しめる。

調査で行った学校・公共施設の食堂でおいしいところに到達できればとてもラッキーだ。私の行った場所では、ロンドン大学Senate Houseのカフェテリアと大英図書館のLeith'sはおすすめできる。Senate House内のICS図書館のティールームにもお世話になった。スープとパンとサラダだけでも、あるいは大きめのタルトやパイひときれでもはらもちはよかった。

ファストフードでどこへ行ったらいいかわからないみなさんへ。まずフィッシュ&チップスはやはり名物なので一度はお試しあれ。
プレタマンジェ

www.pret.com

 

Upper Crustのテイクアウェイのサンドウィッチはaffordableだ。
なかみにもよるけれど、Upper Crustのバゲットサンドはそこそこいける。
あのパリッとしたバゲットの皮は心のなぐさめだった。
カフェネロの珈琲は安心して吞めた記憶がある。調度もおしゃれ。

www.caffenero.co.uk
プレタマンジェは東京にも上陸したことがあるからご存じのかたもいらっしゃるかもしれない。
そういえばエジンバラ空港ではPaulのカフェテリアが繁盛していた。
さもありなんと思った。



確かに、ブリテン島でおいしい食事に恒常的に与れる場所に到達するには機転だけではどうにもならない場面があらわれる。
カネなり人脈なりの何らかの特権的な僥倖が必要なのかもしれない、と思い知らされる場もはなくはない。
イギリスのよい食事には露骨にカネと階級の香りがすることがある。
モード雑誌の日本版で紹介されているようなポッシュなモダンブリティッシュ料理の店の食事は、たしかにそれなりのお値段だ。
新鮮で安全な素材を使ったおしゃれでヘルシーなオーガニック料理も象徴的だ。
健康と倫理と富の味がする。
為替レートがもたらす理不尽感の怨みは深い。
1ポンドは100円、1ポンドは100円、と自己暗示をかけてお買い物したり外食したりしないと、なんだか釈然としないような悔しいような思いが拭えないときもある。

アルプスの南側の国々に寄留する日本人にとってのメシまずエピソードは、それは運が悪かったね、いやもっとおいしいものあるよ、食の冒険者たれ!幸運を祈る!で克服できることも多々ある。しかし話がイギリスとアメリカに及ぶと、食事に露骨にカネとメシまず克服エピソードをめぐる自尊心にかかわる個人史に絡む要素を刺激するなにかにふれてしまうことがあって、どうにも話が紛糾することがあって悲しい。

同胞どうし助け合おうよ、と思っても、まわりにいるのが助け合いの心を分かち合えないひとばかりなら途方にくれてしまうこともあるかもしれない。機転を利かせてつぶさに調べても新参者には扉が開かないこともある。そんな土地柄がよそものを小馬鹿にしているように思えて疑心暗鬼になることさえある。

でも、あきらめないでほしい。
冒険の旅に出たつもりで、機転をきかせてささやかなおいしいものを探してみよう。
その経験はきっとあなたの人生を輝かせる大切な記憶になる。
失敗したら笑っちゃえ。無念の笑いを共有してくれるひともきっといる。

確かに私にも短期の調査のためのブリテン島滞在中に、より多くの本にふれたい、より多くの演奏会やマスタークラスに触れたい、と思って食事代を節約したことがあった。
食事への執着を断つと感覚が冴え、図書館での作業の後に通う舞台や演奏会や音楽学校のマスタークラスの感興も安い席種でもますます深まる。
そんな体験もしたことがある。
宿に帰ればビスケットと紙パックのスープでばたんきゅう、だったけれど心は幸福だった。文士は食わねど高楊枝、短期滞在の期間ならば修行だと思って耐えられたのかもしれない。風通しのよい学問と芸術の体験と引き替えに安くて美味しい食の体験をムーサイへの供犠に献げたのかもしれなかった。

とはいえそんなメシまず伝説のある土地にあっても、お手頃で美味しい食事に到達した努力と機転とセンスがほめられたらそれはうれしい。
どんどんシェアして!とばかりに喜んでおいしいものの情報を開陳してしまうだろう。

おそらくはもっとおいしいものがブリテン諸島にはあるだろう。
そして私はしばらくかの地にご無沙汰している。
来年度どこかで上陸してぜひ情報を更新したいものである。

読者のみなさんに幸運とおいしいものの神の加護がありますように。